国境の壁建設や難民受け入れ停止など大統領令を次々発令-中東・アフリカ7ヵ国からの入国禁止措置により主要空港で混乱発生-

(米国)

ニューヨーク発

2017年01月30日

 トランプ大統領は、就任から10日ほどの間に16本に上る大統領令や大統領覚書に署名し、公約の実現に取り組んでいる。南部国境の壁建設ではメキシコ側から猛反発を招き、テロ対策の一環である中東・アフリカ7ヵ国の一般国民の入国禁止措置では主要空港で大統領令に反対するデモが発生するなど、波紋が広がっている。

<会社経営のスタイルで指示を出す>

 トランプ大統領は120日の就任後、選挙公約の実現に向けて、矢継ぎ早に大統領令と大統領覚書(注)を発出している。そのスタイルは自分の会社経営のようだ、と評されている。就任から10日足らずの128日時点で署名された大統領令は6本、大統領覚書は10本に上る(添付資料参照)。

 

 主要なものをみると、就任当日の120日に医療保険制度改革法(オバマケア)の運用の見直しを関係機関に指示する大統領令を出したのに続き、エネルギーの分野では24日、前政権によりストップがかかっていたキーストーンXLパイプライン計画の建設認可を指示する大統領覚書に署名した。同時に、ダコタ・アクセス・パイプライン計画の建設許可、国産パイプラインの使用に関わる覚書も署名された。

 

<国境の壁建設をめぐりメキシコは猛反発>

 不法移民対策では、トランプ大統領は125日、メキシコとの国境沿いに壁を建設するための大統領令(国境防衛および移民管理の改善に関わる大統領令)に署名した。不法移民、薬物取引、人身売買、テロ行為を防ぐために、南部の国境に早急に物理的な壁を建設するとしている。壁の建設は、トランプ大統領の選挙キャンペーンの主要な公約の1つだ。

 

 ただし、建設資金の支出には議会の承認が必要となり、その金額は200億ドルに達するとの見方もある(「ワシントン・ポスト」紙125日)。トランプ大統領は、その資金をメキシコ側に払わせるとして、メキシコ側の反発を招いてきた。なお、同日に署名された別の大統領令(米国内の公共安全の強化に関する大統領令)では、国内に滞在する不法移民の取り締まりの強化も指示している。

 

 壁建設の大統領令への署名に反発したメキシコのペニャ・ニエト大統領は126日、翌週に予定していたトランプ大統領との首脳会談をキャンセルする、と発表した。しかし、27日朝には両大統領の間で1時間にわたる電話会議が行われ、共同声明も発表された。声明によると、会談は「生産的、建設的で、米国がメキシコとの間で抱える貿易赤字、両国の友好関係の重要性、薬物や銃器の違法取引の取り締まりへの協力などについて議論した」という。さらに、壁建設の資金負担については、「両国の立場に大きな違いがあることを認め、2国間関係全体を話し合う中で解決していくことに合意した」としている。

 

<中東・アフリカ7ヵ国からの入国禁止で波紋広がる>

 127日にはテロ対策として、中東・アフリカにおいて難民が多く、イスラム教徒が多数を占める一部の国からの一般国民の入国を制限する大統領令(テロリストの入国から米国を守る大統領令)に署名した。同大統領令では、イエメン、イラク、イラン、シリア、スーダン、ソマリア、リビアの7ヵ国の一般国民について、査証を持っている場合でも、入国を少なくとも90日間禁止する。また、2017年度の国連難民受け入れプログラムについても120日間停止し、受け入れ審査のプロセスの検証などを行うことを指示した。特に、シリアからの難民受け入れは無期限で停止するとしている。

 

 複数の現地メディアによると、同大統領令が即日、実施に移されたことから、ニューヨークのジョン・F・ケネディ空港で到着後に入国を拒否されたり、出発国で飛行機の搭乗が認められない事態が発生したりしている。国土安全保障省幹部のコメントとして、大統領令発令後の約1日で375人が米国内の空港で拘束、または出発国で航空機の搭乗を拒否されたという。

 

 グーグルのサンダー・ピチャイ最高経営責任者(CEO)は従業員に向けたeメールで、「少なくとも187人の従業員が影響を受ける。優れたタレント(才能)を米国に受け入れる障害になる」とコメントしている。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOも「大統領令の影響を懸念する。国の安全は大事だが、実際に脅威を与える人物だけを対象にすべきだ」として、大統領令に異を唱えている(「ウォールストリート・ジャーナル」紙127日)。また、全米の主要空港で大統領令に反対するデモが発生している。

 

2国間交渉に重点を置く方針>

 通商関係では、123日、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定から永久に離脱することを指示する覚書が署名された。同覚書では今後、2国間交渉に重点を置いていく方針が示されている。トランプ大統領は27日、就任後初めての首脳会談として、英国のテレーザ・メイ首相を迎え、会談した。ホワイトハウスの発表によると会談では、安全保障の面でNATOの重要性が確認されたほか、2国間の貿易協定に向けてハイレベルの協議を開始し、協定の基盤づくりに取り組むことなどが話し合われたもようだ。

 

 なお、トランプ大統領は128日、日本の安倍晋三首相とも電話で首脳会談を行った。外務省の発表によると、安倍首相が「トランプ大統領のリーダーシップによって、米国がより一層偉大な国になることを期待しており、日本は信頼できる同盟国として役割を果たしていきたい」と発言した。両首脳は、日米同盟の重要性について確認するとともに、日米経済関係の重要性についても一致した。さらに、210日に安倍首相が訪米し、日米首脳会談を行うことで合意したという。

 

 大統領令を次々と発出しているトランプ政権だが、主要閣僚は依然として上院の承認待ちであり、政策を実施する官庁・関係機関とのすり合わせを十分に行わずに進められていることに懸念の声が出ている。今後、さまざまな課題が生じる可能性もある。

 

(注)「大統領令」あるいは「大統領覚書」は、大統領が行政機関の責任者に対して、執行を指示する文書。いずれも法的拘束力を持つ。大統領令と覚書の違いは、前者が官報に掲載する義務があるのに対し、後者はない。

 

(若松勇)

(米国)

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