高品質が参入のカギ、EU離脱は英国政府の方針待ち-「EU・英国最新経済動向セミナー」を東京で開催(1)-

(EU、欧州、英国、米国)

欧州ロシアCIS課

2016年12月27日

 ジェトロは12月7日、「EU・英国最新経済動向セミナー」を東京で開催し、(1)EU経済・産業の諸課題とビジネス展望、(2)英国のEU離脱に関する動向、(3)日本企業のEU一般データ保護規則への対応、の3つのテーマについて解説した。連載の前編は、(1)と(2)について報告する。

<独自の分野や性能に特化して新規参入を>

 ジェトロ・ブリュッセル事務所の前田篤穂所長が「EU経済・産業の諸課題とビジネス展望」のテーマで講演し、「ポピュリズムの台頭や米国大統領選挙結果の懸念があるものの、日EU経済連携協定(EPA)に対する期待や、高付加価値に特化した市場では参入の余地がある」との見方を示した。欧州のビジネス環境については、「政治面で、ここ20年間で最も厳しい状況にある」と指摘した。その理由として、EU懐疑派や移民・難民排斥を掲げるポピュリズムの台頭、モノのインターネット(IoT)導入に伴う雇用問題などの社会不安(2016年12月12日記事参照)、グーグルやアマゾンなど米国発のグローバル企業による市場席巻などを挙げた。また、中国が欧州への安価な製品輸出や欧州企業の買収を活発化し、「EUの『人・モノ・資本・サービスの自由』を最も享受しているのが、EU域外の企業という『皮肉な状況』に直面している」と総括した。

 

 また、米国のトランプ次期政権が今後、どのような対EU関係構築を目指すかに注目が集まるが、a.漂流リスクが出てきたと指摘されるEUと米国の包括的貿易投資協定(TTIP)、b.NATO再編や対ロシア経済制裁の継続、c.中国の市場経済国認定、d.気候変動・環境政策(パリ協定など)への対応、などが「試金石」となると語った。自由貿易協定(FTA)に関して、「TTIPの交渉がすぐにはまとまらない可能性がある中、今後はアジア大洋州とのFTA交渉に力を入れ、日EUEPAの交渉進展が期待される」との見方を示した。

 

 他方、欧州企業の世界市場での展開事例として、リサイクルを推進して持続可能性を追求するスウェーデンのへネス・アンド・マウリッツ(HM)や、「メード・イン・ジャーマニー」を重視した経営で高付加価値化を目指すドイツの板金加工機械最大手トルンプを紹介し、独自の取り組みが功を奏している、とした。また、日系企業の欧州内への進出では、「2016年の秋口から欧州・日系企業の新規投資の風向きが変わり、IoT関連など大型投資の波が来ている」と述べた。

 

 政治リスクの高い現在の欧州市場については、マクロ的に全体を概観するのではその優位性を理解するのは難しく、商品別にミクロの視点で捉える必要がある、と説明した。日本からの輸入では、ガス測定・分析機器やウイスキーが高性能・高品質を理由として欧州市場での需要を拡大していると分析。前田所長は「企業や産業分野に特化してみると、まだまだ参入の余地がある。特に、ニッチで高性能な分野に活路がある」と解説した。

 

<英国の産業界は政府に積極的な働き掛け>

 「英国のEU離脱に関する動向」のテーマで講演したジェトロ・ロンドン事務所の坂口和彦所長は、英国のEU離脱(ブレグジット)の国民投票と米国の大統領選を比較し、「どちらも予想外の結果で、世論調査が当たらなかった。グローバリゼーションで損をしたと考える中間層が現状の変革を求めた結果だった」と指摘した。しかし、「英国はEU離脱によって、より世界に開かれたグローバル・ブリテンを志向しているのに対し、米国は米国第一を標榜(ひょうぼう)している」と、両国の目指す方向性の違いを強調した。米国の次期政権が英国のEU離脱に与える影響については、「直接的な影響はないと英国内では捉えられている」と紹介。それよりも、2017年のフランス大統領選やドイツの連邦議会選挙など欧州の政治動向が大きな影響要因になる、とした。

 

 英国とEUの新たな通商関係については、WTOルールに依拠する「ハード・ブレグジット」や、英国の欧州経済領域(EEA)への参加などによりEUの単一市場へのアクセスを維持する「ソフト・ブレグジット」など、さまざまな可能性が議論されているが、「メイ首相は、既存の枠組みにとらわれず、英国にとって最良の取引(ベストディール)をする方針。これにより、産業別に単一市場へのアクセス維持の度合いが異なる凹凸のある協定になるのではないか。従って、英国政府に対して働き掛けをしなければならない、との見方が英国の産業界では広がっている。日本政府も20169月に、英国政府に対して要望書を提出した」と説明。単一市場へのアクセス維持のために、離脱後もEUに拠出金を払い続けるオプションもあり、「全てのオプションは排除されていない。英国産業界は政府に対して既に要望をインプットしており、政府からの離脱交渉の方針の発表を待っている」と述べた。

 

(深谷薫、鵜澤聡)

(EU、欧州、英国、米国)

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