消費減退への懸念広がるも利下げは見送り-高額紙幣廃止発表から1ヵ月-

(インド)

ムンバイ発

2016年12月15日

 政府とインド準備銀行(RBI)が11月8日に突然、500ルピー札と1,000ルピー札(旧紙幣)の廃止を発表してから1ヵ月が経過した。「地下経済」に潜む資金のあぶり出しや偽造紙幣の撲滅といった目的は評価されているものの、新紙幣の供給が追い付かず、消費減退といったかたちで影響が出ている。景気刺激のための政策金利の引き下げが期待されたが、RBIは12月7日、「影響をしっかり見極めるべきだ」としてこれを見送った。

<現金不足が顕在化、キャッシュレス普及策次々と>

 118日に発表された高額紙幣の刷新措置を受け(2016年11月10事参照)、インドの調査機関が全土で実施したアンケート調査によると、同措置に対し「不正資金撲滅のためには許容し得る」とする見方が大半を占めたという(「エコノミック・タイムズ」紙電子版1123日)。しかし、RBIの発表によると、今回の措置によって無効になった旧紙幣の流通額が3月末時点で約14兆ルピー(約238,000億円、1ルピー=約1.7円)とされる一方、1110日から127日までに供給された新紙幣はその3割に満たない約4兆ルピーにとどまるという。新紙幣の供給が追い付いていない中、銀行やATMで現金を引き出す人の行列が続いている。

 

 現金不足が長期化するのではとの懸念が高まる一方で、今回の措置を契機に、現金を使用しない決済手段(キャッシュレス)の普及が見込まれている。モディ首相は月に1度の国民向けラジオ番組「マン・キ・バート」を通じ、電子決済などを用いたキャッシュレス社会の実現について語りかけている(インド報道情報局1127日)。さらに政府は、電子決済にも用いられるPOS(販売時点情報管理システム)の機器製造者に対して、機器に課される物品税、機器の部品や原材料の輸入にかかる追加関税・特別追加関税を1128日から20173月末まで免除すると発表し、128日には、1回当たり2,000ルピーまでのカード決済にかかるサービス税の免除も発表した。

 

 キャッシュレス化の進展が見込まれるものの、インドは現金決済が主流だ。国際決済銀行(BIS)の9月の発表によると、インドの2015年のPOS端末数は100万人当たり1,080台で、キャッシュレス決済による取引件数は1人当たり11件となっている。ブラジル(25,241台、142件)やロシア(1176台、106件)など、ほかの新興国と比べても普及は遅れている。政府は「国民皆銀行口座策」を推進するが、銀行に口座を開いても預金がないケースが多いというのが実態だ。

 

<商用車販売などに急ブレーキ>

 現金支払いが困難になったことで、消費財などの販売が落ち込んでいると報じられている。進出日系企業からも一様に「消費減退が気になる」との声が聞かれる。

 

 インド企業の購買担当者や役員などに業況を聞いて指数化したインド・日経PMI(購買担当者景気指数)をみると、11月時点で製造業が前月比2.1ポイント減の52.3ポイントに低下、サービス業に至っては7.8ポイント減の46.7ポイントとなり、景気判断の目安となる50ポイントを割り込んだ(図参照)。

図 インド・日経PMI推移

 さらに、インド自動車工業会(SIAM)が128日に発表した11月の自動車販売統計によると、乗用車は前年同月比1.82%増の24979台だったが、商用車は11.58%減の45,773台、三輪車は25.9%減の33,662台、二輪車は5.85%減の1243,251台と落ち込み、商用車、三輪車、二輪車の販売は前月のプラス成長から一転、急ブレーキがかかったかたちだ。

 

<シンクタンクはGDP成長率予測を引き下げ>

 今回の措置については、シタラマン商工相が2016年度の経済成長が下押しされる旨の発言をするなど(「ビジネス・ライン」紙1124日)、インド経済への影響は必至で、主要シンクタンクは軒並みGDP成長率予測を引き下げている。例えば、2016年度第3四半期(20161012月)と第4四半期の予測を引き下げた外資系証券会社のエコノミストは、自動車需要が低下する点などを挙げ、「ぜいたく品や高額品の消費支出が影響を受ける」と指摘する。地場銀行のシニアエコノミストは「新紙幣が流通するまでの短期間は消費が冷え込む」としながら、「経済への影響は一時的なもの」とみているが、紙幣が十分に流通しなければ消費の減退が長引く可能性があるだけに、予断を許さない状況が続いている。

 

 こうした状況の中、産業界は景気刺激のためRBIが政策金利の引き下げに踏み切ることを期待した。しかし、RBI127日の金融政策決定会合で利下げに慎重な姿勢を示し、金利を6.25%に据え置くことを決定、声明で「高額紙幣刷新措置の影響をしっかり見極めるべき」と、その理由を説明した。

 

<今後の制度変更に要注意>

 日本人駐在員も銀行などへの預け入れや換金対応を求められており、十分な紙幣を確保できない場合には、買い物や飲食時の支払いをカード決済にせざるを得なくなっている。現金支払いが多いメイドや運転手の給与も、小切手や振り込み、あるいは支払い先延ばしといった対応が取られている。

 

 高額紙幣刷新に係る制度は漸次見直されており、政府やRBIの発表を逐次確認する必要がある。RBIは高額紙幣刷新に関するプレスリリースや通達などをまとめたブページを開設している。1211日までの発表によると、旧紙幣の交換は1125日以降、RBIの窓口でのみ実施される。また、銀行窓口での引き出し上限額は、結婚式費用や農家向けなど特別な場合を除き、週当たり24,000ルピーとなっている。

 

(朝倉啓介)

(インド)

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