「一帯一路」構想は地域経済や産業集積にプラス-ジェトロ・アジア経済研究所国際シンポジウム(2)-

(中国、日本)

中国北アジア課

2016年11月21日

 ジェトロ・アジア経済研究所が10月20日に東京で開催した「『一帯一路』構想と中国・日本への影響」と題する国際シンポジウム報告の後編。同研究所の研究員3人が講演した、「一帯一路」構想を取り巻く中国の対外経済政策、鉄道建設が周辺地域経済や企業活動へもたらす影響などについて。

<中国が必要とする包括的な規制緩和>

 アジア経済研究所の大西康雄・上席主任調査研究員は、「一帯一路」構想を取り巻く中国の対外経済政策について、次のように説明した。

 

 過去に行われた中国の対外経済援助の内訳をみると、諸外国に対する無償援助や借款などの合計を指す「対外援助額」(201124億ドル)と、中国企業による海外での建設請負、労務提供、設計コンサルティングを意味する「対外経済合作」(1,423億ドル)とがあり、特に後者の金額が大きい(2012年以降のデータは公表されていない)。中国政府による援助と市場取引による貿易、投資が「三位一体」型で連動して行われるという特徴がある。

 

 「三位一体」型の特徴を残したまま、現在、中国が新たな対外経済政策の柱に据えるのが、自由貿易試験区と「一帯一路」構想だ。その背景としては、中国の貿易関係が多角化し対外投資が急増するなど、中国の対外経済ポジションが変化していること、また環太平洋パートナーシップ(TPP)に対応する必要にも迫られていることが挙げられる。広域をカバーし、自由度が高く、包括的な規制緩和が必要で、そのための実験的な取り組みとして、自由貿易試験区を推進する圧力が生まれている。

 

 アジア経済研究所が上海自由貿易試験区についての効果を分析したところ、ベストシナリオでは2030年の中国全体のGDP0.9%押し上げられるという結果となり、自由貿易試験区設立による経済効果の大きさが示された。ただし、効果は沿海部に集中しているため、内陸部振興による地域格差問題への対応、加えて国内の過剰生産能力問題へ対応するため、「一帯一路」構想が推進されているとみることができる。

 

 また、中国の新対外経済政策が日中経済関係へ与える影響としては、中国企業による対日投資の増加が期待できる。中国からの対日投資は香港など第三国経由が多いと推測されるが、中国と香港からの対日直接投資はいずれも年々増加しており、今後の動向が注目される。

 

<鉄道建設と通関円滑化が経済効果を増大>

 次に後閑利隆研究員(新領域研究センター経済地理研究グループ)が「一帯一路」の一例として、中国・キルギス・ウズベキスタン鉄道建設がもたらす経済効果のシミュレーション結果について、以下のように報告した。

 

 中国・キルギス・ウズベキスタン鉄道については、事前調査は行われたが着工されていない。しかし仮に2020年時点で、新疆ウイグル自治区のカシュガルからキルギスのオシュ近郊まで鉄道を建設した場合と、鉄道を建設しなかった場合とで、2030年にGDPにどのような差が出るのかを分析した。シミュレーションには、アジア経済研究所による空間経済学の理論モデル「IDEGSM」が用いられ、2005年や2010年時点のGDPや各種の輸送費などが反映された。鉄道建設と同時に、中国・キルギス国境で(1)通関の円滑化を行わない、(2)通関の円滑化を行う、という2つのシナリオを設定し、それぞれ分析した。

 

 (1)鉄道建設のみを実施し、通関手続きの簡素化を行わない場合、中国・キルギス国境周辺のみに経済効果が表れ、影響が及ぶ範囲は限定的だ。しかし、(2)通関費用をゼロにした場合は、トルクメニスタンや中国の一部地域などでも1人当たりGDP100ドル以上増加することが分かった。増加幅は大きくないが、中国・キルギス地域と密接な経済関係にあるロシアを経由して、日本でも1人当たりGDP5ドルから10ドル以上増加する地域が出る。

 

 なお、鉄道のスピードは2012年時点のデータを使用したが、その後、中国の鉄道が高速化しており、その点を反映すれば異なる分析結果になる可能性はある。

 

<「渝新欧鉄道」が重慶市の産業集積に貢献>

 丁可研究員(新領域研究センター企業・産業研究グループ)は、「一帯一路」の成功例として「渝新欧鉄道」について紹介した。

 

 「渝新欧鉄道」は重慶市とドイツ西部の工業都市デュイスブルクを結ぶ鉄道で、重慶から欧州向けにはノートパソコンを、欧州から重慶向けには高級自動車、自動車部品、精密機器や高級アパレル製品などを輸送している。

 

 重慶市では、従来からの自動車産業に加えて、近年はノートパソコン産業が成長してきた。ヒューレット・パッカード(HP)などのブランドメーカー5社、フォックスコンなどのOEM(相手先ブランド生産)メーカー6社、サプライヤー860社が重慶市でサプライチェーンを形成し、世界のノートパソコンの3分の1を製造するまでになった。

 

 こうした産業集積の進行に伴って、鉄道輸送量が増え、輸送費が下がり、さらに多くの企業が集積する、という好循環が続いている。「渝新欧鉄道」の発着回数は、2011年の17回から2015年には267回まで急増し、輸送時間は3週間弱から2週間弱へと短縮され、輸送費は40フィートコンテナ1個当たり9,000ドルから6,0007,000ドルへと下がった。

 

 そのほか、インフラ整備による輸送費の低下と産業集積の進行という好循環がみられる事例として、世界最大の卸市場である浙江省の義烏市や、ドバイにあるショッピングモール「ドラゴン・マート」などが注目される。いずれも長距離貿易で繁盛している。また、中国企業の海外移転の受け皿として、中国政府が推し進める「域外経済貿易合作区」も注目される。同合作区は既に「一帯一路」沿線地域53ヵ所に建設され、中国が比較優位を有する軽工業、家電、繊維などと、中国の生産能力が過剰となっている鉄鋼、電解アルミ、セメントなどの業種が進出している。現在は東南アジア地域の海路沿いが中心だが、インフラ整備が進めば、陸路のシルクロード沿線にも中国企業の進出が進むのではないか。

 

(森詩織)

(中国、日本)

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