関税率1桁台の太平洋同盟と平均13%のメルコスールで差-中南米主要国の関税構造を概観-

(中南米、メキシコ)

米州課

2016年11月15日

 WTOは11月2日、国連貿易開発会議(UNCTAD)、国際貿易センター(ITC)と共同で毎年作成している世界の関税率に関する報告書「ワールドタリフプロフィール(World Tariff Profiles)2016」を発表した。同報告書で中南米主要国の関税率をみると、ブラジル、アルゼンチン、ベネズエラなど南米南部共同市場(メルコスール)加盟国の最恵国待遇(MFN)税率は単純平均で13%前後と高いが、メキシコ、コロンビア、チリ、ペルーの太平洋同盟加盟国はいずれも1桁台となっている。同報告書などから、中南米主要国の関税構造を概観する。

<ペルーの平均関税率が2.4%で最低>

 今回発表された報告書は、20142015年(国・地域により取得データの年次が異なるが、多くは2015年)の世界150ヵ国・地域の関税率に関するデータを集めたもの。WTOの枠組みで約束した各国の譲許税率に加え、実際にWTO加盟国向けに適用されているMFN税率の水準を知ることができる。同報告書から主要国・地域のMFN税率の単純平均、無税品目の割合および税率が15%超の品目の割合について、全体と非農産品(水産品、工業製品など)に分けて表1のとおり一覧にした。

表1 主要国・地域のMFN税率(2014~2015年)

 経済規模が比較的大きい中南米主要7ヵ国のうち、メルコスールに加盟するブラジル、アルゼンチン、ベネズエラの単純平均関税率は13%前後と高い。メルコスールは関税同盟であるため、一部の例外品目を除いて対外共通関税を設定している。メルコスールの対外共通関税率はEUや中米共同市場など他の関税同盟と比較して高く、関税率が15%超の品目が全体の3割を超える。

 

 他方、太平洋同盟に加盟しているメキシコ、コロンビア、チリ、ペルーの単純平均関税率は全て1桁台だ。中でも、ペルーの平均関税率が最も低く2.4%となっており、コロンビア(5.7%)、チリ(6.0%)、メキシコ(7.1%)と続く。太平洋同盟は現時点で4ヵ国が加盟する広域の自由貿易協定(FTA)であり、対外共通関税の設定はない。関税率が15%超の品目が全体に占める割合はメキシコが15.6%と比較的高いが、コロンビアは2.1%、ペルーとチリは0%となっており、輸入者の関税負担は総じて小さい。

 

<有税品目で2国間EPAの活用を>

 太平洋同盟加盟国のうちメキシコ、チリ、ペルーは環太平洋パートナーシップ(TPP)参加国でもあり、既に日本と2国間の経済連携協定(EPA)を締結済みだ。これら3ヵ国のうちメキシコとペルーへの輸出では、むやみに全ての品目について特定原産地証明書を取得して2国間EPAを活用することを考えるべきではない。なぜならば、メキシコとペルーはMFN税率が無税の品目が多く、メキシコで全体の50.1%、ペルーでは同67.5%に及ぶ。無税品目についても、日本商工会議所で特定原産地証明書の発給を申請し、相手国に同証明書を提示して特恵関税の適用を申請することは可能だが、そもそもMFNでも無税の品目について、最低でも2,500円の手数料を支払って特定原産地証明書の発給を申請することは、経費の無駄遣いとなる。MFN税率が有税の品目のみ、2国間EPAの活用を検討すべきだ。

 

 他方、チリについてはMFN税率が原則として6%の一律関税率となっているため、無税の特別措置が取られている資本財やコンピュータ関連、一部の輸送機器を除けば、6%の関税率がほぼ全ての品目に課されている。チリは60ヵ国を超える国とFTAを締結するFTA先進国であるため、インドを除くと日本の競合相手となるような国からの輸入に特恵関税が適用されている。従って、6%の関税格差は競争条件として不利に働くため、対チリでは積極的にEPAを活用することが望ましい。

 

<工業製品の関税率も高いメルコスール諸国>

 太平洋同盟諸国に比べると、メルコスール諸国はMFN税率が無税の品目が極端に少ない。全体でみても、工業製品など非農産品でみても無税品目の割合は5%程度だ。ベネズエラを除く中南米の主要6ヵ国で、商品分野別のMFN税率の平均、無税品目の割合を表2にまとめた。

表2 中南米主要国の商品分野別MFN税率

 一律関税率を採用しているチリを除けば、一般的に繊維や衣類の関税率が各国とも高くなっている。メルコスール(アルゼンチン、ブラジル)では、繊維で平均23.3%、衣類で34.9%に達する。メルコスール諸国では石油や化学を除くと、工業製品の関税率も総じて高くなっており、自動車や自動車部品などの輸送機器関連でも15%前後の平均関税率となっている(完成車のMFN税率は35%)。

 

 日本からの輸出が中南米諸国の中で最も多い(注)メキシコの単純平均関税率は2015年時点で7.1%だが、メキシコの場合は農産品の関税率が比較的高いため、非農産品でみると5.7%だ。工業製品では、繊維、衣類、皮革・履物、輸送機器(完成車)のMFN税率が比較的高くなっている。

 

 ただし、メキシコも世界46ヵ国とFTAを締結するFTA先進国であるため、一般関税を適用した輸入は少ない。メキシコ政府の発表(WTOの報告書とはデータが異なる)によると、2015年時点の単純平均関税率は5.64%だが、各品目の貿易額およびFTAなど特恵貿易協定の適用までも考慮した加重平均関税率をみると、2015年時点で0.62%となり、輸入者が実際に支払っている関税の額はそれほど大きくない(表3参照)。メキシコで加重平均関税率が高い分野は履物、繊維・衣類で、これらは中国やベトナムなどFTA非締結国からの輸入が多いため実際に支払っている関税額が高くなっている。他方、農林水産品はMFN税率が高いものの、北米自由貿易協定(NAFTA)加盟国である米国からの輸入が多く、関税はほとんど発生していない。

表3 メキシコの平均関税率の推移

AD税の適用には注意が必要>

 中南米諸国への輸出をする際は、MFN税率や2国間FTAEPAの税率に加え、相手国でアンチダンピング(AD)税の適用がないかどうかも調べる必要がある。WTOの報告書によると、2015年末時点で中南米主要6ヵ国では、アルゼンチンで104品目(HS6桁分類)、ブラジルで94品目、メキシコで63品目、ペルーで60品目、コロンビアで23品目について、AD税が適用されている(表4参照)。昨今は、中国経済の減速により同国を中心に世界的に鉄鋼関連の生産過剰が生じており、安価な鋼材の流入に苦しむ各国が自国産業の保護を目的にAD調査を頻発している。2015年にブラジルで23件、メキシコで9件、コロンビアで7件、アルゼンチンで6件のAD調査が開始されている。

表4 中南米主要国のAD税適用状況

 メキシコを例に挙げると、現エンリケ・ペニャ・ニエト政権下ではAD調査の件数が前政権と比べて倍増しており、鉄鋼関連を中心に新たなAD税の適用が増えている(表5参照)。20161025日時点で原産国別にAD税の適用をみると、中国が30件と全体(69件)の4割強を占め、米国(8件)、インド(5件)、ロシアおよびウクライナ(各4件)と続く(図参照)。中国産品については多くの品目でAD税が課されているため、日本企業であっても中国工場からの対メキシコ輸出には注意が必要だ。

表5 メキシコの貿易救済措置に関する調査件数の推移
メキシコの原産国別AD税課税状況

 20161025日時点のAD税の対象品目と原産国については添付資料参照。日本産品としては唯一、継ぎ目なし鋼管が対象となっており、20161018日付官報公示経済省決議に基づき、20201110日までの5年間の適用延長が決定した。AD税率は99.9%となっている。

 

(注)便宜地籍船制度活用のためのパナマ向けの船舶輸出(船籍変更)を除く。

 

(中畑貴雄)

(中南米、メキシコ)

ビジネス短信 857196df610b555d