持ち株会社優遇の州税制を廃止し、税率引き下げへ-法人税制改革法案、2017年2月に国民投票-

(スイス)

ジュネーブ発

2016年11月29日

 連邦制を敷くスイスでは、州間で激しい企業誘致競争が行われることで、低い法人税率が維持されてきた。その一方で、この税制がスイスでの事業立地条件をEU諸国などに比べ不当に優位にしているとして、長らく国際機関から見直し圧力を受けてきた。このような批判に対応しながら競争力を維持する政策として「第3次法人税制改革法案(CTR III)」が議論されている。

<国際機関の圧力受けて議会は承認も国民投票を実施>

 現行のスイス法人税において、連邦税は8.5%(表面税率)で一律であるものの、州税(市町村税を含む)部分は26州が独自に課税権を持つ。競って税率を引き下げた結果、各州の法人税率は世界的にみても非常に低く、魅力のあるものになっている。とりわけ持ち株会社や、管理部門のみをスイスに置いている外国企業に、各州が設けている税優遇措置が問題視されている。これらの企業の収益への税率は、持ち株会社の形態をとらない一般のスイス企業の収益に対する税率よりもかなり低く設定されており、それがスイスでの事業立地条件を不当に優位にしているとして、過去数年にわたり、EUG20に加えOECDなどの国際機関から圧力を受けてきた。

 

 OECD租税委員会は2013719日、G20主導の下、多国籍企業の租税回避行為を防止することを目的に、「税源浸食と利益移転(BEPS)行動計画」を作成した。また、スイスはEUの求めに応じ、20141014日に法人税に関する共同声明に調印した(2014年8月6事参照)。同声明の中でスイス連邦政府は、持ち株会社に対する特別優遇措置について、「廃止に向けた措置を取る」と表明した。これを踏まえ、201575日に第3次法人税制改革法案(CTR III)を国会へ提出し、2016617日、国民議会および全州議会での議論を経て同法案が正式に承認された。

 

 承認されたものの、「本改正案は一般市民の所得税増や年金の減額などの負担増を引き起こす」と、社会党など複数の左派政党は反対している。10月には国民投票実施に必要な5万人を超える56,000人分の署名を連邦首相府へ提出した。

 

 これにより、同法案は2017212日に国民投票で賛否を問われることになった。連邦政府は1027日に記者発表を行い、「CTR IIIは既存企業の流出を防ぎイノベーションを促す」として、本改革が国際協調とスイスの競争力維持を両立させる唯一の方法だと強調し、法案支持を訴えた。施行は早くて201911日とみられていたが、国民投票の結果によっては施行開始の遅れや内容が修正される可能性があり、情勢はまだ流動的だ。

 

<特許権の収入やみなし利息は控除>

 本改革では、これまで争点となっていた持ち株会社に対する税制優遇措置の廃止が予定されている。現在、一般企業への連邦法人税、州税、市町村税の実効税率合計は1224%(州により異なる)であるのに対して、持ち株会社などには州税が免除され、連邦実効法人税率7.83%のみが課されている。改正後は、持ち株会社も一般企業と同様の扱いになり、税率は州ごとに一律化される。これにより、これまで外国の持ち株会社が享受してきた税制優遇措置が廃止されることになる。本改正による競争力低下を防ぐため、連邦政府は国際的に許容される範囲内で主に次の税の軽減措置を検討している。

 

1)州税に「パテントボックス」制度を導入する。法案第24a条によると、「納税者(企業)が取得した特許権およびそれに類する権利収入の90%を課税所得から控除(パテントボックス)」する。

2)ベルギーの税制から着想を得た「みなし利息控除」。負債同様に投資額についても利息に相当する金額(みなし利息)を課税所得から控除する。

 

<州ごとの法人税率軽減は自由、各州で検討>

 各州は国際レベルの立地競争力を維持するため、州の法人税率を自由に軽減することが可能だ。このため現在各州で、改正後の法人税率について検討を進めている。1028日付の経済紙「AGEFI」によると、10月末時点で26州・準州のうち13が州レベルでの法人税率改正案を発表している(表参照)。連邦財務省連邦税務局(FTA)は、会社組織の形態にかかわらず税率が一元化されることによって、スイス全体での州の法人税率の平均は17.85%から13.97%まで下がるとしている。

表 改正後の法人税率案

 本改革にかかる費用負担についても、連邦レベル、州レベルで議論が行われている。連邦政府財務省は各州の税収減を補うための補助金や、州による一時的な追加補助のため年間約11億スイス・フラン(約1,221億円、CHF1CHF=約111円)が必要になると試算している。州レベルでの対策としては、従来税収によって賄われてきた公共サービスの経費について、企業からの負担金徴収、個人所得税率の引き上げ、その他予算の削減などで財源を確保する案が各州で検討されている。

 

(杉山百々子、マーク・ガンバラザ)

(スイス)

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