国内取引では、債権回収に加え賄賂にも留意を-「内販に伴う法的リスク」セミナー開催-

(中国)

広州発

2016年10月04日

 ジェトロは8月30日、中国での国内販売に伴う法的リスクに関するセミナーを広州で開催した。広東深秀律師事務所の尹秀鍾・代表弁護士が講師となり、内販取引に伴って生じやすい債権回収問題の解決方法、商業賄賂の立件基準や留意点などを紹介した。

<訴訟と仲裁が問題解決の手段>

 尹代表弁護士の講演内容は以下のとおり。

 

 中国では地場企業との取引に当たり、債権をいかに回収するかが以前から重要な課題となっている。これは、近年改善傾向にあるものの、依然として不透明なビジネス環境、諸外国と異なる商習慣などに起因している。

 

 債権回収問題の解決手段としてまず訴訟があるが、中国では法院、検察院など司法機関は国務院(内閣に相当)とともに全国人民代表大会(議会)の傘下にあり、その独立性を疑問視する声もある(図参照)。また、訴訟案件の内容が複雑または重大であったり、法の解釈をめぐって意見が対立する場合、担当裁判官は庭長(裁判長)あるいは法院長らに指示を求めたり、裁判委員会での検討を求めたりすることがある。同委員会は、各裁判の質や統一性の維持を目的に各級人民法院に設置されており、ここでの審議により、案件によっては政府当局の意向が反映されやすい傾向にある。

図 全国人民代表大会を頂点とした組織図

 また、中国では二審制が採用されている。日本ではまだ少ないようだが、再審制度により、確定判決に不服の場合は上級人民法院へ再審申し立てが可能だ。ただ、訴訟に関しては、(1)前出の独立性に対する疑問に加え、(2)法院における地方保護(地場企業を保護する傾向)、(3)裁判官の専門性の不足、(4)勝訴した場合の執行が困難な点、などに留意する必要がある。

 

 もう1つの手段としては仲裁がある(表1参照)。二審制の訴訟と異なり、仲裁判断は決定的であり再審はできない。当事者間で合意に達しない場合や仲裁手続きが法定手続きに違反している場合などに限り、仲裁委員会所在地の中級人民法院に仲裁判断の取り消しを申し立てることが許される(注1)。

 

 香港・マカオ・台湾を含む中国本土以外の企業が当事者となる契約(渉外契約)の場合、海外の仲裁機関による仲裁合意は可能で、準拠法も原則として当事者間で選択可能だ。また、外国仲裁判断の承認および執行に関する条約(ニューヨーク条約)により、香港や日本などでの仲裁委員会の仲裁判断を中国本土で執行することが可能となっている。

表1 訴訟と仲裁の違い

<提訴前に勝訴の可能性や費用対効果の分析を>

 地場企業と売買契約を締結にするに当たり、債権の保全策として、相手企業の財産または社長個人の不動産に抵当権を設定するなど担保を取得する、さらには契約内容に所有権留保、未回収債権と自社債務の相殺などの条項を記載することが重要だ。

 

 契約相手先が債務返済に応じてくれない場合、仲裁委員会へ付託するか法院へ提訴する前に電話や面談を通じ、相手側の意思を探るのも有効な方法だ。それでも相手側が応じなければ、弁護士の書簡を相手先へ送付するのが有効だ。書簡では、取引の事実、請求条項などのほか、仲裁委員会への付託や提訴の可能性にも触れ、相手先に弁済の意思があるか否か確認することが必要。契約相手先が弁済協議書の締結、さらに同協議書についての公証手続きに応じた場合は、おおむね弁済の意思があると判断してよいが、相手側が同協議書の公証要求などに一切応じなければ弁済の意思がないと判断し、仲裁委員会への付託または提訴に踏み切ればいい。

 

 訴訟については、審理に比較的長い期間のほか、弁護士費用など高いコストを要する。提訴の前に弁護士に相談しながら、(1)相手側の資産調査、(2)財産保全(注2)、(3)証拠保全を行いながら、(4)勝訴の可能性、(5)費用対効果の分析なども行うべきだ。

 

 こちらが勝訴もしくは有利な仲裁判断が下されたにもかかわらず、相手側が確定判決または発効した仲裁判断の執行に応じない場合は、相手側の財産調査を引き続き行うほか、高額消費制限令(注3)に違反した者については、勾留、過料などの法的責任を科すよう法院に請求する方法も考えられる。さらに、執行能力があるにもかかわらず執行を拒むような悪質な者については、刑事手続きの開始も念頭に置く必要がある。中国では、近年こうした執行に応じない企業は、社名を公開されるほか、前出のとおり関係者は高額の消費を制限されるなど対応が強化されている。

 

<取引時には商業賄賂にも留意>

 中国国内での取引では、「商業賄賂」にも留意すべきだ。商業賄賂とは、事業者が商品の販売または調達のために金品あるいはその他の違法な手段を用いて相手方の企業や個人に賄賂を供与する行為を指す。近年は、医療、教育、建設、資源、政府調達などの分野でこうした行為が横行している。

 

 中国において、贈収賄の刑事事件としての立件基準は表2、表3のとおり。

表2 贈賄の刑事事件としての立件基準

 

表3 収賄の刑事事件としての立件基準

贈収賄額が上記の基準を下回ることで立件を免れるわけではなく、捜査当局が過去に不問としていた軽微な贈収賄行為についても、内部告発などを通じて証拠が得られる限り、積極的に訴追する方向で裁量を働かせる可能性も否定できない。なお、複数回にわたって贈賄をした場合、贈賄額は累計で合算される可能性があることに留意する必要がある。

 

 また、表中の刑事責任に該当しないまでも、工商行政管理局(工商局)が(11万元(約15万円、1元=約15円)から20万元の過料、(2)違法所得や不法財物の没収、(3)営業許可証の一時差し押さえまたは取り消し、(4)生産・営業の停止、(5)行政勾留などの行政処罰を科す場合もある。

 

 具体的な例としては、メーカーによる非専属代理店への販売手数料や成果報酬の支払いが、同代理店側に他社の商品を排除させた不正競争行為と見なされ、メーカー側が行政処罰を受けた事例がある。行政処罰については、工商局の裁量権が大きく、贈賄側、収賄側の双方が処罰の対象となるため注意が必要だ。

 

(注1)労務問題については、各地の労働争議仲裁委員会の判断に不服がある場合、別途法院への提訴が可能。

(注2)相手側資産の差し押さえ、押収、凍結などの強制措置による財産保全を申し立てないと、申立人に回復不能な損害が生じる懸念がある場合や執行難となる可能性がある場合に、申立人など利害関係者は相手側財産の所在地の法院に対し財産保全の申し立てが可能。

(注3)被執行人および被執行人の法定代表者、主要責任者などに対し、移動時の航空機や鉄道の1等車の利用など日常の生活と業務に不必要と見なされる消費行為や、4つ星以上のホテルへの宿泊、ゴルフ場の利用などの消費行為を制限している。

 

(粕谷修司、汪涵シ)

(中国)

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