経済界は「ハードブレグジット」を懸念-ポンドが急落、輸入品価格上昇による消費への影響も不安視-

(英国)

ロンドン発

2016年10月21日

 保守党大会でのテレーザ・メイ首相の演説を受け、経済界では、英政府とEUとの離脱交渉が、経済関係より移民の制限を最優先とする「ハードブレグジット」に向かうのではないかとの懸念が強まっている。こうした懸念を反映し、通貨ポンドは急落し、輸入品の価格上昇による消費への影響も心配されている。

<経済への影響軽減より移民制限の優先に動揺か>

 メイ首相は102日に保守党大会で、EU離脱の時期と手続き、離脱後に英国が目指す方向性について演説を行った。経済への影響軽減よりも移民の制限を優先するというメイ首相の姿勢に経済界は大きく動揺し、EU離脱に関して強硬路線を懸念する声が噴出している。保守党大会の会期中にも金融関係者などから単一パスポート制度(注)から外れることへの懸念や、製造業関係者からは単一市場へのアクセスが制限されるのではないかといった声が多く上がった。

 

 103日に党大会のサイドイベントとして、英国シンクタンクのオープン・ヨーロッパ(OE)とセンター・フォー・ヨーロピアン・リフォーム(CER)が開催したパネルディスカッションでは、CER代表のチャールズ・グラント氏が「英政府はEU基本条約(リスボン条約)第50条を行使することで交渉が不利になることは承知していた。そのためこれまで各国政府と事前の非公式協議を進めようとしてきたが、うまくいかなかった」と、メイ首相がEU離脱の時期を明示するに至った理由を指摘した。そして、「EU加盟27ヵ国は英国との交渉において、ヒト、モノ、カネ、サービスの4つの移動の自由を不可分とするハードライン(強硬路線)のアプローチで臨む交渉方針でほぼ一致団結している」とし、英国の望むような交渉は困難だと述べた。

 

 また、OEのスティーブン・ブース共同代表も「ドイツのメルケル首相は、(英国のEU離脱の条件を)経済的にではなく、政治的に判断するだろう」として、ドイツの産業界が英国との経済関係の維持を希望しようとも、メルケル首相は冷徹な判断を下すだろうとの見解を示した。実際にメルケル首相とフランスのオランド大統領は106日にそれぞれのコメントで、英国との交渉に一切の妥協を認めない姿勢で臨む方針を表明した。

 

<ポンド急落は外国投資家の不満の結果>

 こうした英国を取り巻く厳しい情勢に反応して、103日以降の欧州外国為替市場では、ポンドが対ドルで急落し、31年ぶりの安値を付けた。1017日時点でも、低水準から回復していないが、イングランド銀行は追加の金融緩和策は否定している。

 

 英王立国際問題研究所(チャタムハウス)のパオラ・サバッチ氏は、1014日にポンドの下落に関するコメントを発表した。ポンドの対ドルレートは、20162月に国民投票実施日を発表して以降、6月の国民投票後に9%、102日のメイ首相の演説後に6%下落していることから、ポンドの急落は明らかにEU離脱と関係しており、外国投資家の先行き不透明感に対する不満が間接的に反映された結果だとした。

 

SDR構成通貨としての比重低下の警告も>

 またサバッチ氏は、英国は生産より消費が大きく、経常収支が大幅な赤字で、サプライチェーンも中間財の輸入に依存していることから、ポンド安による輸出価格の低下の恩恵を得られていないと分析。さらに、英国は家計債務比率がGDPの約87%、政府債務比率は108%にも上っており、「ハードブレグジット」路線によって、投資家の信頼を損ない、資本の流出を招く懸念があるとし、さらなるポンドの下落もあり得るとした。歴史的にみれば、過去80年間、ポンドの価値は一貫して下落し続けてきたが、ロンドンの資本市場の重要性に鑑み、IMFの特別引き出し権(SDR)の構成通貨としての地位を維持してきたものの、英国の影響力の低下を反映して、構成通貨としての比重は下がりつつあるとして、同氏は、次回2020年の構成通貨の見直しの際には人民元に押されてさらに比重が低下するかもしれないと警告した。

 

 急速なポンド安を受け、ユニリーバは小売り最大手テスコと協議。海外で生産し、英国で輸入販売している国民食ともいうべきビール酵母が原料の食品「マーマイト」の価格引き上げを図ったが決裂、一時的にテスコでの販売が中止されるなど騒動に発展した。最終的には妥結に至ったものの、英国内ではポンド安による急激な物価上昇と消費への影響が心配されている。

 

(注)金融業が欧州経済領域(EEA)内で自由に営業を行える制度。域内のどこかの国で免許を取得すれば、他のEEA諸国でも同じ免許で営業できる。

 

(佐藤丈治)

(英国)

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