メイ首相は内政の4本柱の実現に向け始動-英国のEU離脱に関するセミナー開催(3)-

(英国)

ロンドン発

2016年10月18日

 ジェトロがロンドンで開催したセミナー「テレーザ・メイ新政権と産業界からみた今後の課題」報告の最終回。セミナーでは、テレーザ・メイ政権が直面する課題についても紹介した。「格差是正」「ブレグジット(EU離脱)の実現」「経済立て直し」「コーポレートガバナンスの改善」の4本柱を内政の方向性として打ち出しているメイ首相は、これらの実現への道筋を付けながら政権の基盤を固める必要がありそうだ。

<所得による教育格差の問題に着手>

 メイ首相は内政の4本柱の実現に向けて早速動き出している。

 

 まず、「格差是正」については、教育改革の一環として「グラマースクール」の新設容認を訴えた。グラマースクールとは、公立の中・高等学校の一形態で、在校生の学力水準が高く、オックスフォードやケンブリッジなど一流大学への入学の近道として人気の学校だ。公立の学校だが、家庭教師をつけられるような家庭の子弟が多く、所得の低い家庭の生徒はわずかとなっている。所得に起因する教育格差を助長するものとして、1998年に当時の労働党政権がグラマースクールの新設を禁止し現在に至っているが、メイ首相はこの新設禁止に異を唱えた。グラマースクールは学区制を敷いているが、立地する地域は住宅価格の高い地域に偏っている。これを引き合いにメイ首相は、グラマースクールは既に住宅価格という富の有無で生徒を選別していることから、収入格差にかかわらず子弟に教育を受けさせる機会を拡大するため、グラマースクールの設置拡大を主張している。しかし、この考えに対しては与党保守党内外から異論も出ており、実現までの道のりは平坦でないことが予想される。

 

<国民保健制度の改革と移民政策は喫緊の課題>

 また、万人が無料で受診できることを理念に掲げ、医療格差をなくすために導入されているのが国民保健サービス(NHS)だが、多くの難題を抱えている。まず、英国社会の高齢化や移民増加などによる人口増、医療技術の高度化などにより、医療費の単価・総額ともに増加している。また、長時間勤務や待遇の不十分さが敬遠され医師や看護師のなり手が不足、これを移民で補っている状況にある。さらに、医学的に入院の必要がない患者が長期間入院する「社会的入院患者」も増加し、病床不足にも陥っている。このような中で、EU離脱に伴い、医療従事者としての移民労働力の確保に懸念なども生じており、識者は「この冬にもNHSは崩壊しそうだ」とも指摘する。社会的不満の抑制に向けても、NHSの制度改革はメイ首相にとって喫緊の課題と考えられる。

 

 2本目の「ブレグジットの実現」に向けては、新たな移民制度をどのようなものにするかが焦点の1つとなる。一時、さまざまな評価項目を設定し、一定の水準に達した者の受け入れを認めるポイント制の移民システム導入が話題となったが、メイ首相はこれを一蹴している。産業界は移民労働力の確保を重要課題に掲げ、EU側もヒトの移動の自由は単一市場へのアクセスの要件という原則を崩していないことから、メイ首相がいかなる対案を示すのか注目される。

 

<インフラ整備を経済立て直しの起爆剤に>

 3本目の柱である「経済立て直し」については、その起爆剤として国内のインフラ整備に注目が集まる。特に、インフラの「3H」と呼ばれる、ヒンクリー(Hinkley)ポイントC原子力発電所、ヒースロー(Heathrow)空港・ガトウィック空港、高速鉄道整備計画「ハイ・スピード2HS2)」の進捗への関心が高い。中国資本も参加するヒンクリーポイントC原子力発電所建設計画については、政府が条件付きながらも承認したことから、地域経済活性化や雇用確保などの面で効果が期待されている。

 

 最後の内政の方向性の柱である「コーポレートガバナンス」については、国民投票キャンペーン期間中に、いわゆる「パナマ文書」の問題が浮上するなどしたことから、その在り方にも社会の関心が集まっており、この透明化に向けた制度設計が進められていくこととなる。

 

 メイ首相がこうした内政の課題に取り組もうとしている一方で、EU側では英国との離脱協議を担うタスクフォースが立ち上がるなど着々と準備が進められている。セミナーは「新政権の力が試されるのはこれから」というコメントで締めくくられた。

 

(佐藤央樹)

(英国)

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