労働者階級のための政府へ路線転換-保守党大会(3)-

(英国)

ロンドン発

2016年10月25日

 保守党が10月2~5日にバーミンガムで開催した党大会では、党首のメイ首相が演説の中で、労働者階級のための政府を目指すとして、路線転換することを表明した。6月の国民投票で明らかとなった、格差に対する国民の不満を解消すべく、教育や医療制度の改革、移民流入問題の解決に向けて取り組んでいく姿勢を示した。連載の最終回。

<「全ての人のために働く国家」目指す>

 今回の党大会は「全ての人のために働く国家」をテーマとして開催された。メイ首相は102日と5日に行った演説の中で、新政権は一部の特権階級ではなく、一般の労働者階級のための政府を目指すとし、党の路線転換を表明した。最大野党の労働党がジェレミー・コービン党首の左派路線を反映して中道から左派に傾きつつある中、2020年の次期総選挙に向けて、労働者階級を新たな支持層として取り込む意欲を示したものだ。メイ首相は演説の中で、「限られた特権階級に富や機会が集中しているとの不満がある。放置すれば国内の分断は定着してしまう」とし、英国を公平な社会に変えると繰り返した。

 

 4日午後にはジェレミー・ハント保健相が、国民保健サービス(NHS)について演説し、医師の4人に1人が外国人である現状について、EU離脱後もEU国籍の医師が英国に残留できることを保証すると述べた。一方で、慢性的な医師不足に対応すべく、20189月から医学部の規模を25%拡張し、年間1,500人以上の医師を養成する計画を発表した。

 

 ジャスティン・グリーニング教育相は、低所得者層でも実力があれば平等に高等教育の機会が与えられるような教育制度を構築すべきとして、労働党政権時代の1998年以来、新規開設が禁止されてきたグラマースクール(注)の重要性を訴えた。グラマースクールについては、学力による選別はかえって不平等との考えから、保守党内でも強い反対意見が出ているが、メイ首相は5日の演説でグラマースクールの新規開設禁止の措置を解除することを表明した。

 

<企業や留学生の入国管理制度の見直しも検討>

 アンバー・ラッド内務相は4日の演説で、移民の流入増大が住宅や医療・教育などの公共サービスや賃金を抑制する圧力となっていると指摘した。そして、保守党のマニフェストのとおり、純移民流入数を持続可能なレベルまで、すなわち数十万人から数万人の規模まで引き下げることを目標として掲げ、不法移民の取り締まり強化、企業の外国人採用や留学生制度の見直しを検討していく考えを示した。

 

 具体的には、企業が海外から人材を雇用する際に英国人ができる仕事でないか労働市場テストを厳格化することや、外国人留学生についても優秀な学生のみを受け入れるための入国管理制度見直しに係る審議会を近く開始することを発表した。

 

 この入国管理制度の見直しはメディアでも大きく取り上げられ、特にビジネス界からは懸念の声が大きくなっている。英国産業連盟(CBI)はラッド内務相の演説を受けて、「既に2016年初めにも一連の改正が発表されており、ビジネス界は主要な貿易相手国からの熟練労働者の入国について、これ以上の制限を歓迎しない」と反対するコメントを発表している。

 

<コーポレートガバナンスを強化>

 メイ首相は5日の演説で、「保守党が自由市場の支持者であることは変わらない」としつつも、「市場が正しく機能しないのであれば修正するために介入する」と述べた。20164月のパナマ文書流出や、8月の欧州委員会によるアイルランド政府への米アップルに対する追徴課税の指示など、企業や個人の租税逃れに対する英国民の目は厳しくなっており、メイ首相は、コーポレートガバナンスの強化に向け、企業に厳しい措置を取って行く考えを示した。労働者の権利を拡大するために、企業の取締役会に労働者や消費者の代表が参加できる制度案を年内にまとめることを発表した。

 

(注)公立の中学・高校の一形態で、在校生の学力水準が高く、オックスフォードやケンブリッジ大学なども狙え人気がある。

 

(佐藤丈治)

(英国)

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