オーダーメードの通商協定作りが課題-英国のEU離脱に関するセミナー開催(1)-

(英国)

ロンドン発

2016年10月14日

 ジェトロは9月27日、在英日系企業を対象にセミナー「テレーザ・メイ新政権と産業界からみた今後の課題」をロンドンで開催した。国民投票後の政治・経済や各産業界の動向、新政権の課題などについて説明したセミナーの概要について、3回にわけて報告する。1回目は、国民投票後の内政やEUとの交渉動向について。

<内政は4本柱の方向性打ち出す>

 セミナーの冒頭、ジェトロ・ロンドン事務所の坂口利彦所長が「英国政府は現在、産業団体などからEU離脱問題に関する考え方をヒアリングしており、これを踏まえて交渉方針が決められる。従って、今後のEUとの交渉見通しについて予見することは困難」と説明、「このような状況にあるからこそ、国民投票以降の流れを的確に捉え、整理することが重要」と、セミナー開催の趣旨を説明した。

 

 その後、ジェトロの調査担当者が国民投票以降の内政やEUとの交渉動向などについて、次のように説明した。

 

 まず内政では、メイ首相が「格差是正」「ブレグジット(EU離脱)の実現」「経済立て直し」「コーポレートガバナンスの改善」を4本柱とする政策の方向性を打ち出した。

 

 一方、不安定要因も抱え、スコットランドの英国からの独立や北アイルランドの不安定化が懸念される状況にある。スコットランドでは、国民投票で62%がEU残留を支持した。その要因の1つは、主要産業のEU依存度の高さにあると考えられる。例えば、ウイスキー(スコッチウイスキー)製造業では輸出額の3割がEU加盟国向けとなっており、EU離脱により関税が発生した場合の影響は小さくない。ウイスキー製造業は関連業界まで含めると5万人以上の雇用を創出しており、雇用機会確保の観点からも、無関税でのEU市場へのアクセスが重視されている。EUとの関係が崩れる可能性がある中、スコットランド政府は英国からの独立を問う2度目の住民投票の実施もほのめかすが、今のところ英国残留を望む住民が多く、スコットランド政府は次の一手を模索している。

 

 北アイルランドでは、共通旅行区域(CTA)制度の下、アイルランドとの国境の行き来が自由となっており、この国境線の取り扱いが焦点となる。英国のEU離脱によりEU加盟国(アイルランド)と非加盟国(英国、北アイルランド)の関係に変わることで、関税や移民の管理が必要になると想定される。この場合、アイルランドへの輸出や観光などの面で北アイルランド経済に悪影響が生じるだけでなく、北アイルランド在住のアイルランド系(カトリック系)の住民が疎外感を感じ、社会の不安定化につながることも懸念される。現在の北アイルランド和平を形作る「ベルファスト合意」は、北アイルランド(英国)とアイルランドの双方がEUの加盟国であることを前提としており、EU離脱は北アイルランド和平の根幹にも関わる問題だ。

 

<離脱は「ハード」と「ソフト」をてんびんに>

 EUとの交渉の面では、英国の離脱通知の時期と、EUとの将来の通商関係が大きな関心を呼んでいる。離脱通知の時期について、メイ首相は2016年内に通知することはないと明言するのみで、具体的な時期はさまざまな臆測を呼んでいる。離脱派議員やEU側からは2017年早期の通知を期待する声が高まる一方で、ドイツやフランスといったEUの大国で新政権が発足する2017年の秋以降とする見方も根強い(注)。

 

 EUとの新たな通商関係については、最近では「ハードブレグジット」と「ソフトブレグジット」のいずれになるかという議論が盛んになされている。人の移動の自由に制限を設けるためには無関税貿易の維持などができなくなることも辞さない「ハードブレグジット」と、移民流入の歯止めの必要性は理解しつつも欧州経済領域(EEA)への残留など、経済影響を最小限とすることを志向する「ソフトブレグジット」の双方の意見をてんびんにかけつつ、英国オーダーメードの通商協定を作り上げることがメイ首相の課題とみられる。

 

(注)その後102日に放映されたBBCの番組などで、メイ首相は20173月末までにEUへの離脱通知を行うことを明言した。

 

(佐藤央樹)

(英国)

ビジネス短信 0f65d1f83487109e