EU機関の移転の動向を産業界は注視-英国のEU離脱に関するセミナー開催(2)-

(英国)

ロンドン発

2016年10月17日

 ジェトロがロンドンで開催したセミナー「テレーザ・メイ新政権と産業界からみた今後の課題」報告の2回目。セミナー後半では、国民投票後の英国経済の動向や産業界の取り組み、EUとの交渉や国内政治の今後の論点について説明した。産業界では製薬関連で欧州医薬品庁(EMA)の誘致合戦がEU加盟国により繰り広げられるなど、注視すべき状況になっている。各企業・産業界はロビー活動を続けながら、EU離脱後に向けた検討を進めている。

<混乱は収束、将来の経済影響は予断を許さず>

 国民投票がマクロ経済に与えた影響は、投票から3ヵ月以上を経ておおむね回復している。例えば、消費者物価指数(CPI)、小売物価指数(RPI)、製造業や建設業の景況指数(PMI)などは上昇傾向にあり、消費への影響をみても、小売売上高指数や新車登録台数も上向いている。また、株式市場でもロンドン市場の主要株価指数であるFTSE100FTSE250が大きく伸びている。

 

 もちろん、これらの数値だけからEU離脱による経済影響は軽微と判断することはできないが、投票後の混乱は収まっているとみられる。しかし、実際の影響が統計に表れるのは秋以降となり、今後のGDP成長率予測をみると先行きは必ずしも明るくない。イングランド銀行は8月にGDP成長見通しを公表し、2017年は前回見通し(5月)を1.5ポイント下回る0.8%と予測するなど、将来の経済影響については予断を許さない状況にあるといえる。

 

<関税の影響受ける自動車業界>

 一方、産業界の動向をみると、日系企業が英国の製造台数の半分を担い大きな存在感を誇る自動車業界では、EUからの部品の輸入も多く、EU単一市場からの離脱による関税の影響は大きい。また、国内工場でのEU加盟国出身者の雇用などの課題ものしかかっている。自動車製造販売者協会(SMMT)は政府へのロビー活動を続けており、無関税貿易の維持とEU認証制度の相互認証も含めた円滑な制度移行を最優先事項として、EUとの交渉に当たるよう求めている。

 

 ニューヨークのウォール街と並ぶ金融街シティを有し英国産業の代表格ともいえる金融業では、英国を拠点にしながらEU加盟国の金融市場でビジネスを行うことを可能とする「パスポート」の喪失が最大の懸念事項だ。金融業者などの業界団体シティUKは、EU金融市場へのアクセスや、EU離脱を契機とする日米など先進諸国との関係性強化など5つの優先事項を定め、政府に配慮するよう要請した。パリ、フランクフルト、アムステルダム、ダブリンなどがロンドンの代替都市として挙がる中、シティの機能が欧州各国に分散すれば、最終的にはニューヨークの独り勝ちになるという見方もあり、英国金融の競争力維持に向けた正念場にあるといえる。

 

 また、EMAがロンドンにあることを理由に英国に拠点を構える企業が多かった製薬業界では、英国のEU離脱に伴いEMAが移転することを懸念する声が多い。EMAは、医薬品の科学的評価や承認医薬品の監視、各国薬事当局への情報提供などを行っている。新薬開発の承認でEMAが果たす役割が大きいことから、EUの製薬企業の多くがEMAの近くに拠点を構えている。既にボン、ミラノ、バルセロナ、ダブリンなどが誘致に動いているとも報じられており、EMAが移転することになれば、英国に拠点を置く製薬業者も移転する可能性も高いとされている。

 

 個別企業の動きをみても、国民投票以降、戦略の見直しに迫られているところが多い。通信大手ボーダフォンや格安航空会社(LCC)大手のイージー・ジェットのほか、外資系企業でもフランスの化粧品ロレアルなどが拠点の移転を検討中とされる。また、合併や投資の計画などを見直す企業も多く、各企業・産業界はロビー活動を行いつつ、事業への影響を見極めながら戦略を検討しているようだ。

 

(佐藤央樹)

(英国)

ビジネス短信 05c55fc4d33f3d99