中国特有の人事管理の難しさと日系企業の対処法を解説-天津で労務問題セミナー開催(1)-

(中国)

北京発

2016年09月30日

 ジェトロは9月2日、天津日本人会と「明日から生かせる労務管理テクニック」と題したセミナーを天津市で共催した。天達共和法律事務所の章啓龍パートナー弁護士が、中国特有の労務問題に日系企業が直面したときの対処法などについて、事例を挙げて解説した。2回に分けて報告する。

<立証のため記録などの証拠を残す>

 章パートナー弁護士の主な講演内容は以下のとおり。

 

 中国における労働問題には、以下の特徴がある。

1)上司に対する不満など個人の問題と会社との労働争議が一体化し、感情的になりやすい。

2)労働者の親族が会社に来て騒いだり、管理者に電話やメールで付きまとったりするケースがある。

3)労働者の権利意識、特に金銭面に対するこだわりが強く、会社側の行為が違法か否かを問わず労働者は金銭での解決を狙う傾向がある。

4)争議事件の「真相」と「是非」は証拠から判断されるので、会社側がどれだけ証拠を示せるかで裁判所の判断が異なる。

 

 他方、日系企業の典型的な問題として、a.給与体系や出退勤制度など日本の人事管理の手法をそのまま中国に持ち込む、b.中国の法令を正しく把握していない、c.中国側の合弁パートナーや中国人管理職に任せ切りで人事管理に関与していない、d.争議の予防意識が低い、e.問題が起きたときの立証の重要性の理解が不足しており、書面や録音などの証拠を残すことまで考えが至っていない、ことなどが挙げられる。労務管理では、これらの状況を改善するとともに、労働争議が起きた時に頼りになる労働局や公安局などの政府機関や上級工会(労働組合)と定期的に情報交換するなど、日頃から良好な関係を築いておくことが必要だ。

 

<中国では管理職も残業代支払いの対象>

 日常の労務管理においては書類の整備も重要だ(表参照)。「就業規則閲覧確認書」は、就業規則を労働者に開示したことを証明する最も重要な証拠の1つだ。また、中国では残業代の支払いをめぐる労働争議が多い。残業代を支払う前に「賃金支払い明細表兼確認書」に労働者から異存がないと署名をもらうことは、労働争議の回避に有効だ。さらに、会社が従来と同等以上の条件で労働契約の更新を申し出たものの本人が合意せず退職する場合は、経済補償金の支払いが不要。本人が労働契約に合意しないために労働契約を更新しないことの証拠として、労働契約満了前に労働者から「労働契約継続要件提示書兼回答書」に署名してもらうとよい。

表 日常の労務管理で整備すべき書類

 労働契約の管理における失敗事例として、採用時の労働契約締結後に健康診断の結果が出て、採用に必要な健康条件を満たさないことから採用を取り消したいものの、契約締結後なので契約解除が難しくなってしまった事例、労働契約書の原本を人事部門で管理していたため、人事部門の従業員が勝手に自身の労働契約書に特記事項を加筆し、その従業員の退職時に加筆された特記事項に基づき高い経済補償金を支払う必要が生じた事例がある。職業病は前職が原因のこともあり得ることから、労働契約締結前に採用予定者に健康診断を受診させ結果を確認すること、労働契約書の原本は会社の責任者が保管することが望ましい。

 

 日本と異なり中国では、管理職は残業代支払いの対象外という規定はない。管理職であることを理由に残業代を支払わないことは法令違反で、従業員から残業代未払いを請求されるリスクがある。管理職を残業代支払いの対象外にするには、本人の署名を得た上で人力資源・社会保障局に申請し許可を受けるか、給与総額に何時間までの残業代が含まれているかを労働契約書に明記するとよい。

 

<従業員への通知方法は慎重に判断>

 社会保険の管理では、社会保険の基数問題を端緒に退職時の経済補償金が発生した失敗事例がある。人事担当者の認識不足で社会保険の基数が低すぎたことが判明し、従業員によるストライキが発生した。会社は正しい基数に基づいた社会保険料を追加払いする決定をし、通知書を従業員に渡したところ、従業員は職場復帰した。他方、自己都合で退職する従業員が本来は支給の対象外である経済補償金を求め会社側と争った際に、この通知書を会社の違法行為の根拠として裁判所に提出したため、会社側は経済補償金を支払うことになった。この事例は、従業員に何かを通知する際にどういう方法がよいか、慎重に判断すべき教訓といえる。

 

 社会保険の加入時期は毎月決まっている(天津市では当月26日~翌月8日)。入社日によって労災保険がかけられない期間が生じるため、この期間に労災事故が発生した場合は労災保険が適用されず全額を会社が負担することになる。労災保険の空白期間が生じないよう入社日を調整するか、空白期間は危険な職場で勤務させないといった配慮が求められる。労災保険の空白期間が生じる場合、職場の手配に配慮しても通勤時の労災まで防げないことに使用者側は留意すべきだ。

 

(日向裕弥)

(中国)

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