政府、産業界ともにTPPへの備え急ぐ
(マレーシア)
バンコク、クアラルンプール発
2016年09月14日
マレーシア政府は、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の発効に向けた国内法の整備を急ぐと同時に、TPPの影響を緩和する措置や、活用に向けた準備作業を進めている。特に、原産地の自己証明制度の導入については政府当局、企業双方の知識が不足しているだけに、国際貿易産業省(MITI)はキャパシティービルディング(能力向上・強化)に力を入れる意向だ。経済界でのTPPへの対応は、情報提供などが中心の段階にある。
<国内法の改正作業はこれから着手>
マレーシアでは国際条約に関して議会での承認は必要とされず、内閣が承認するだけで完了する。自由貿易協定(FTA)についても、批准プロセスはいらない。ただし、TPP協定については、2015年10月5日の最終合意に至る過程で、国内の関係団体や国民から他のFTAには顕著ではなかった反対の声が上がった。そのため、政府は2016年1月27、28日に連邦議会の上下院がTPP協定参加に関する動議を可決することで、国内の民主的手続きを踏んだとし、その後2月4日に同協定に署名した。今後は、関税法や労働法などの関連国内法を、TPP協定のルールに適合するよう改正する作業が必要になる。
国内法改正作業について、MITIは2016年7月末時点で、各省庁ともこれから準備に取り組むとし、2018年初頭までに完了することを目標としている。一方で、TPP協定によって影響を受ける産業界、特に中小企業など国内利害関係者との調整遅れが懸念されている。具体的には、補償やTPP活用に向けた能力開発などに関して、具体的なプログラムが策定できていない。ジェトロが実施している新輸出大国コンソーシアム事業をはじめとする日本の中小企業支援プロジェクトを参考に、民間企業向けの各種能力開発支援プログラムを実施したい考えだ。
また、貿易円滑化の関連では、特に原産地の自己証明制度などの導入が課題とされている。マレーシアには同制度のノウハウがなく、利用企業や税関向けに、原産性の要件や判断基準に関する適切な教育・研修が必要不可欠となる。MITIとしては今後、これらについて日本を含めたTPP参加国の支援を求めたいとしている。
MITIからTPP協定発効に伴う影響調査を受託した大手会計事務所プライスウォーターハウスクーパース(PwC)の分析によると、繊維、電気・電子などの製造業関連セクターはプラスの恩恵を受けるとみられる(表参照)。一方、部分的ながらも国営企業に競争が導入される石油・ガスセクターに関しては、マイナスの影響が上回るとしている。小売りなどは中立とされるが、中小零細店を経営するブミプトラ(マレー系と先住民族の総称)が多いだけに、政府も何らかの対応を迫られるとみられる。
<税関がカギ握る原産地自己証明制度>
在マレーシアの大手法律事務所は、TPP協定がマレーシアに影響を与える分野として、マレーシア系企業が優遇されてきた政府調達章、政府系企業にある程度の自由化を迫る国有企業および指定独占企業章、労働者の権利に重きを置いた労働章を挙げる。一方で、競争政策章や環境章の影響は軽微にとどまると分析する。
税関手続きに関しては、マレーシアの現状ではそれほど大きな問題はないが、必要な通達や申請ガイドラインなどがマレー語のみで公表されるケースが依然として多く、この改善がTPP協定発効を契機に進むことが期待される。原産地自己証明制度の導入に当たっては、マレーシア税関に原産性の要件や判断基準に関する正しい知識が求められる。税関はこの点に関する知識がこれまで不十分だっただけに、今後は税関に対する適切なキャパシティービルディングを実施していくことが課題になる。
同事務所は、改正すべき法律は17で、改正箇所は26ヵ所に上るとし、サービス産業に多くみられるブミプトラ政策の緩和は法改正事項には入れていない。改正箇所が多いため、過去の経験から、審議が円滑に進むか懸念もあるとする。
<ビジネス界の取り組みも緒に就いたばかり>
ビジネス界はTPP協定に好意的な反応を示すとともに、政府同様に対応を急ぐ。例えば、マレーシア製造業者連盟(FMM)は、TPP協定が米国やメキシコなどこれまでマレーシアがFTAを締結していなかった地域への市場アクセスを改善することに資するもので、製造業に飛躍の機会を与える、と前向きだ。また、TPP協定が内包する高度化した国際ルールにマレーシアがコミットしたという点に意義があるとする。
FMMは、TPP協定に向けた会員企業への取り組みとして、業種ごとに対応策が異なってくるため、業種別にワーキンググループを設けて話し合いを進めている。中でも、中小企業については、中小企業公社(SMEコープ)と協力しながら、TPPの使い方や外国製品の流入に伴う対策など、中小企業が円滑に利用できるように教育プログラムを設けて、来るべきTPP協定発効に備えを進める意向だが、取り組みは緒に就いたばかりとしている。
外国系の商工会議所もTPPの活用を検討中だ。マレーシア米国商工会議所(AMCHAM)は現在、TPP協定について理解を深めるための情報発信を会員企業向けに行うとともに、TPPから得られるメリットなどの情報提供を進めている。将来的には、ウェブサイトでも情報発信を行っていく方針だ。特に、TPPはサプライチェーンを大きく変える可能性を秘めており、この点で新規設立企業の支援などを行っていく意向だ。
マレーシア日本人商工会議所(JACTIM)は、TPPに関するセミナーを実施することで情報提供を行っている。在マレーシアの日系企業はTPPの活用に関して、今は手探りの段階だ。米国向けの輸出を行っている企業にはメリットがあるが、多くの日系企業はASEANとの取引が多いこともあり、FTAの活用はASEAN物品貿易協定(ATIGA)中心になっている。JACTIMとジェトロが共同で1月から3月にかけて実施したアンケート調査でも、TPPの「活用予定あり」と回答した企業は6.6%にとどまった。TPPの活用が本格化するには、米国をはじめとするTPP参加国の企業との連携による新規販路開拓ができるかがカギを握るとみられる。
(伊藤博敏、新田浩之)
(マレーシア)
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