食料補助と最低賃金を大幅に引き上げ

(ベネズエラ)

カラカス発

2016年08月22日

 マドゥロ大統領は8月12日、物価高騰への対応策として最低賃金の改定と食料補助の増額を発表した。福利厚生制度の1つである食料補助が、現在の月額1万8,585ボリバルから4万2,480ボリバルに引き上げられる(8月1日にさかのぼって実施)。さらに9月1日から、最低賃金は現在の月額1万5,051.15ボリバルから50%引き上げられ、2万2,576.73ボリバルになる。

<物価の高騰を背景に最低賃金と食料補助を増額>

 812日付官報第40,965号によると、食費補助制度の改定は81日に遡及(そきゅう)して行われる。同制度は基本給が最低賃金の3倍以下の労働者に対して、雇用側が食費の一部を負担することを義務付けた制度だったが、201511月から基本給に関わらず全ての労働者へ支払うことになっている(注)。なお、労働者に昼食を提供する食堂を設けるなど雇用者が労働者の食費を負担する仕組みがあれば、食料補助を支払う必要はない。

 

 最低賃金も50%引き上げられるが、最低賃金の額は年金の最低支給額と連動しており、年金生活者にも影響を与える。また、退職金や社会保険料の計算ベースにもなっているため、最低賃金で労働者を雇用している企業だけでなく、全ての国内企業にとって負担増を意味する。

 

 20161月時点での最低賃金および食料補助制度は合わせて16,398.18ボリバルだったが、9月には65,056.73ボリバルとわずか9ヵ月で4倍近くに増加することになる(図1参照)。

図1 最低賃金と食料補助制度の推移

<物価の上昇が名目賃金の上昇を相殺>

 賃金の大幅な上昇により国民の生活苦は一時的に緩和されるが、物価の上昇によってすぐに相殺されるとの懸念が強い。

 

 ベネズエラ中央銀行は201512月以降、物価上昇率を公表していないため公式な指標は存在しないが、民間のベネズエラ教師連盟・社会情報分析センター(CENDASFMV)は、20166月時点で5人家族が1ヵ月生活するのに必要な支出(基礎バスケット価格)は365,101.19ボリバルとの試算を発表している(図2参照)。201512月に同支出額は139,273.68ボリバルだったため、6ヵ月間で2.6倍に増加したことになる。特に基礎バスケット価格の約7割を占めている食料品の値上がりが著しい。201512月は基礎食料バスケット価格が93,600ボリバルだったが、20166月には277,432.88ボリバルとほぼ3倍に増えている。

図2 基礎バスケット価格、基礎食料バスケット価格の推移

 最低賃金労働者の20167月時点の収入(基本給と食料補助の合計)は33,636.15ボリバルだったが、今回の改定により9月から65,056.73ボリバルになる。2ヵ月で収入が3万ボリバル以上増えることになるが、生活バスケット価格は毎月4万~6万ボリバル程度増加しているため、生活の改善には十分でないとの意見が多い。

 

<与党と野党・企業家の意見は平行線のまま>

 オスワルド・ベラ労働社会保障相は、今回の改定は公的部門の職員だけでなく、一部の管理職を除く全ての民間労働者の賃金に影響を与えると強調、物価高騰の7割の原因は投機行為にあるとの見解を示した。ラモン・リベロ労働社会保障副大臣はテレビのインタビューで、人件費が上昇することでさらなるインフレを招くとの問いに対して、「ベネズエラで生産される財の場合、人件費はコスト全体の1020%程度しか占めていない。人件費の上昇分を商品価格に転嫁すべきではない」とコメントした。

 

 一方で、野党派の経済学者ガルシア・バンチス氏は、生産能力の向上を伴わない賃金の上昇はさらなるインフレを招き、失業を増やすとコメントした。また、企業家団体であるベネズエラ商業会議所連合会(Fedecamaras)のフランシスコ・マルティネス代表は、今回の最低賃金改定に際して、民間部門へ事前の相談なしに政府の独断で行われていることは問題であり、また本措置による中小企業の倒産増加に懸念を示した。

 

 インフレ、モノ不足など経済混乱の解決には与野党および企業家との対話が必要といわれているが、与党と野党・企業家の意見は平行線をたどっており、対話の兆しはみえていない。

 

(注)20151023日付官報40,733号政令2,066号。

 

松浦健太郎

(ベネズエラ)

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