農業、地域政策、研究開発分野で大きな存在感-EU基金の適用可能性を財務省が公表(1)-

(英国)

ロンドン発

2016年08月29日

 財務省は8月13日、EU離脱に伴うEU基金の英国への暫定的な適用可能性を明らかにした。英国は、地域振興、農業支援、研究開発など多方面でEU基金の配分を受けていることから、EU離脱により、これら基金が活用できなくなることが懸念されている。同基金の適用可能性を2回に分けて報告する。前編は、英国におけるEU基金の活用状況について。

2014年は70億ユーロを受け入れ>

 EUは、地域振興や農業支援、雇用促進、研究開発の推進などを目的に、加盟国からの拠出金からなる複数の基金を設けている。英国は2014年、EU予算に113億ユーロの支出を行う一方で、これらの基金などから70億ユーロを受け入れている。その使途をみると、農業支援が半分以上を占め、地域政策や研究開発が続いており、これらの諸政策推進のためにEU基金が果たしてきた役割は小さくなかった(図1参照)。

図1 英国におけるEU基金の使途内訳(2014年)

 使途上位2つに関連する基金について具体的にみると、農業支援に関しては、所得の補填(ほてん)などのかたちで農業従事者を直接支援する「欧州農業保証基金(EAGF)」と、農村地域の振興も兼ねた「欧州農業農村振興基金(EAFRD)」が用意されている。また、地域政策に関しては、構造基金と呼ばれ、地域間の経済格差の是正などを目的とする「欧州地域開発基金(ERDF)」や「欧州社会基金(ESF)」などが各地方政府の重要な財政上のベースとなっている。これら諸基金から英国に投じられた額は、最大のEAGFでこの10年間に毎年20億~30億ポンド(約2,660億~3,990億円、1ポンド=約133円)に上り、そのほかの基金からも5億~10億ポンド規模の支援を受けてきた(図2参照)。

図2 英国に対するEU基金別支出額の推移

<ウェールズは約70のプロジェクトで活用>

 政府は将来的にもEU基金を関連分野の財源として当て込んでおり、例えば2014年には、2020年までの7年間にわたるERDFESFの英国内での配分を公表している(表参照)。構造基金は、経済発展の度合いなどに応じて各地に配分されるものだが、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドへの配分をみると、ウェールズへの配分が突出していることが分かる。ウェールズでも特に西部の経済発展が遅れていることに起因しており、ウェールズ政府は、構造基金を中小企業の競争力強化に資する研究開発や、再生可能エネルギーの導入推進、エネルギー効率の向上、若年労働者の技術向上など多方面に利用することとしていた。既に関連する70件ほどのプロジェクトの実施が承認されている。

表 ERDFとESFの配分(2014~2020年)

 他の地方政府でも同様に、地域振興・活性化に資するプロジェクト向けに構造基金を活用しており、構造基金は地域ビジネスや研究開発の推進にも貢献している。

 

<農業従事者の所得の55%がEU基金に由来>

 また、農業関連の基金に目を転じると、農業従事者にとってEU基金の存在は極めて大きい。EUは加盟国で横断的に適用される「共通農業政策(CAP)」を導入しているが、CAPは農業従事者の所得を保証する所得政策と農業環境整備などに関する農村振興政策を主な柱としている。これらの政策の実現のためにEAGFEAFRDが利用されており、「テレグラフ」紙(620日)によると、英国の農業従事者の所得の55%はEU基金に由来するという。全国農業者組合(NFU)が2015年秋に実施した調査によると、EU基金への依存度の高さなどを背景に、組合員の52%がEU残留を望み、離脱を望んだのは26%にとどまっていた。

 

 さらに、「ホライズン2020」や「エラスムス+」(エラスムス・プラス)などの基金は、研究開発に向けた資金や人材の確保に貢献してきた。オックスフォード大学やケンブリッジ大学に代表されるような学術・研究機関の存在は、英国の競争力の大きな源になっている(2016年8月10事参照)。

 

 このようにEU基金は、英国の農業や地域政策、研究開発などの推進に当たり重要な位置を占めており、EU離脱により基金を利用できなくなることは、これら分野の財政的な基盤を揺るがすことにもつながりかねない。

 

(佐藤央樹)

(英国)

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