英国との2国間FTA交渉に産業界などは期待-EU離脱を選択した国民投票への反響-

(タイ、英国)

バンコク発

2016年07月04日

 EU離脱が過半を占めた英国の国民投票を受け、タイ国内では、短期的な為替変動や証券市場の不安定化は避けられないものの、経済や貿易への影響は限定的、との見方が強い。他方、EUとの自由貿易協定(FTA)交渉再開の見通しが立たない中、産業界などからは英国との個別交渉の開始を期待する声も出ている。

<経済や貿易への影響は限定的との見方>

 タイ中央銀行は624日付ニュースリリース(No.342559)で、「英国のEU離脱に伴うタイの貿易および金融分野への影響は限定的なものにとどまる」と報告した。この根拠として、タイの輸出全体に占める英国の構成比が1.8%にすぎないこと、タイの銀行が英国およびEU全体の金融部門に有するエクスポージャー(変動リスクのある金融資産)は1.3%にすぎないこと、を挙げている。

 

 一方、為替面では、国民投票の結果を受けて通貨バーツがアジア域内周辺国の動きと同程度の範囲で下落したとし、今後の影響については、「小規模ながら株式市場・債券市場からの国外資金流出が想定されるため、為替・資本市場が短期的に不安定に動くことは避けられない」としている。中銀は「今後の情勢を注視し、必要に応じて経済・金融システムの安定を図る用意がある」として、当面の間、為替リスクの変動が予測されることから、民間企業に対してリスクヘッジの取り組みを奨励している。

 

 「バンコク・ポスト」紙(628日)に掲載された、タイ商工会議所大学(UTCC)経済ビジネス予測センターの試算によると、「英国民がEU離脱を選択したことによるタイ経済への間接的な影響に伴い、タイのGDP成長率は0.1ポイント引き下げられ、3.0%から2.9%になる」とされ、特に英国向け輸出額の大きい鶏肉加工品や宝石・宝飾品、自動車などの産業でマイナスの影響が出やすいという。

 

 2015年のタイの英国向け輸出は376,200万ドルで、輸出総額の1.8%を占めた。品目別(HS番号4桁ベース)でみると、調製肉もしくは保存処理済みの肉(1602項)が最大で、全体の15.0%を占めた(表参照)。同項目の95.3%は、鶏肉(1602.32類)だった。そのほか、貨物自動車(8704項)、乗用車(8703項)、モーターサイクル(8711項)など輸送機器の輸出が多い。

表 2015年のタイの英国向け輸出上位10品目(HS4桁ベース)

 サイアム商業銀行経済情報センターは分析レポートの中で、「英国への輸出はタイの輸出の2%未満にすぎず、貿易全体への直接的な影響は限定的だろう」としながらも、「鶏肉など一部品目の輸出については、英国とEUが主要市場となっていることから、相対的に大きな影響が及ぶ可能性がある」とした。また、「消費財メーカーや輸出業者にとっては、ドルと円の高騰により輸入材価格の大幅な変動に直面するだろう。また、短期的・限定的ではあるものの、証券市場からの資金流出により、小幅なバーツ安が進むだろう」としている。

 

<アジアの地域統合にも影響か>

 元財務次官で、タイ証券取引所所長や税関局長なども歴任したサティット・リンポンパン氏は、「ネーション」紙(626日)のインタビューで、英国の国民投票の結果は、「タイおよび他のASEAN加盟国に対し、ASEAN経済共同体(AEC)の拡大・深化に取り組む上での重要な示唆を与えている」とコメントした。

 

 同氏は「英国の離脱は、EUが進むべき方向性を見誤り、加盟国に対する経済面での利益の拡大に失敗したことによる。問題の発端は、EUが共同市場よりも進んだ統合形態である政治同盟を目指したことにある。そもそも、経済面での共同体構築に際し、その加盟国は、その先の政治同盟を目指すことに署名しておらず、その取り組みが加盟国間の摩擦や不和を生んだ」との見方を示した上で、「ASEANは、人々の不信・不満を無視したことで道を誤ったEUの教訓に学び、加盟各国の主権を尊重することに最大限の注意を払う必要がある」と述べている。

 

 サイアム商業銀行経済情報センターも世界経済や地域統合への影響に関して、「EU離脱は現状の不安定な世界経済にさらに不確実性をもたらすものとなる。英国とEU経済の鈍化は、貿易および金融市場を通じて他の地域へも影響を及ぼす。また、いわば初めてとなる地域統合の『ほころび』という点においても注視が必要だ」と警鐘を鳴らしている。

 

<英国の将来的な通商政策の方向性に注目>

 一方、タイ・EU間のFTA交渉に進展がみられない中で、国内の政策担当者や産業界からは、英国との2国間交渉開始への道が開けたと歓迎する声も聞かれる。「バンコク・ポスト」紙(627日)によると、タイ商務省貿易交渉局のシリナート・チャイムン局長は「EUからの離脱に伴い、英国は単独での政策決定が可能になる。すなわち、英国がタイとのFTAの交渉開始を望む場合、欧州委員会の承認を待たずに交渉入りできる」との見方を示している。

 

 また、タイ荷主協議会のノポーン・テプシタール会長も同紙面で、「長期的にみれば、英国の離脱によりタイにとっては英国ならびにEUとの貿易交渉が容易になることも予測される。これはEUが課している厳しい交渉条件の緩和につながることが期待されるためだ」とコメントしている。

 

 タイとEU20133月にFTA交渉を開始したものの、同年12月以降、交渉は中断されたままの状況にある。EU理事会は20146月、タイにおいて民主的に選出された政権が発足するまでの間、タイとの間のあらゆる協力協定や連携協定の締結、政府間の公式な往来を中止することを発表しており、交渉再開の見通しは立っていない。他方、産業界では、主要輸出市場であるEUとのFTA交渉再開への期待は高い。とりわけ20151月から、欧州の一般特恵関税制度(GSP)の適用対象からタイが卒業したことに伴い、同制度に代わるEU市場へのアクセス手段として、FTAの早期発効を求める声が高まっている事情がある。そうしたことから、EUの中でドイツ、オランダと並ぶ最重要市場である英国の将来的な通商政策の方向性は、タイにとって最大の関心事の1つとなっている。

 

(伊藤博敏)

(タイ、英国)

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