労働安全衛生法が7月1日から施行

(ベトナム)

ハノイ発

2016年07月05日

 労働安全衛生法(84/2015/QH13)が7月1日から施行された。これまで労働法第9章やさまざまな政令、通達などに点在していた規定を1つの法律にまとめた内容で、ベトナムで労働安全衛生に関する体系的な法律が制定されたのは初めて。同法施行に伴い、社会保険法第3章第3節などの労働災害、職業病に関する規定は失効した。

<高い労働組合の関与度合い>

 同法では一般的な雇用者の義務として、(1)労災・職業病保険基金の納付、(2)労働安全衛生確保に関する訓練・研修会の開催、(3)労働者の健康または生命を脅す労働災害が発生する恐れがあると判断した場合、当該職場での業務継続、復帰指示の禁止、(4)労働安全衛生確保に関する規定などの実施状況をモニタリングする検査担当者の配置、(5)労働安全衛生の事務担当者または担当部署の設置、などが規定された(7条)。また、労働安全衛生確保の計画などを立案する際の労働組合に対する意見聴取のほか、労働組合と連携した安全衛生係員のネットワーク構築、安全訓練、労災調査など、労働組合の関与度合いが高い点が特徴の1つとして挙げられる。

 

 職場の労働安全衛生に関しては、(1)危険要素、有害要素に関する各項目の定期的な検査、測定、(2)機械、設備などが労働安全衛生に関する技術基準や標準規格、職場規則、手順にのっとった使用・保管などが行われていること、(3)危険要素、有害要素を持つ業務に労働者を従事させる場合に個人用保護具の十分な用意、(4)緊急対応計画の策定、などが雇用者の義務として掲げられている(16条)。このほか、雇用者には最低年1回の健康診断実施義務(重労働、危険有害作業の場合は最低6ヵ月に1回)、最低年1回の労働環境計測、なども課されている(21条)。さらに、製造販売事業者については、(1)安全衛生部署、医療部署の設置、(2)製造チームごとの安全衛生係員の配置、(3)安全衛生評議会の設立、(4)安全衛生計画の策定、(5)安全衛生リスク評価の実施、(6)緊急対応計画の策定、応急対応部隊の組織化、なども義務化されている(7281条)。

 

<過大な企業負担や実効性に疑問が残る規定も>

 安全衛生研修の受講義務に関しては従来、外郭団体が実施する最低16時間(職種ごとに異なる)の講習が義務付けられており、当地進出日系企業からは必要時間が長過ぎるとの不満の声があったため、同法制定時にベトナム日本商工会(JBAV)が管轄省庁に対して改善を要望していた。その結果、同法では一般労働者に対して企業内で研修を実施することが認められ、さらに製造販売活動に影響しない範囲で、業種、職位、規模などに応じて行うよう、一部緩和された(14条)。なお、労働安全衛生責任者、同担当者、重大な労働安全衛生が求められる業務に従事する労働者らに対しても、訓練機関が示す労働安全衛生実施条件を満たす場合には企業内で研修を行うことが認められているが、研修講師の認定条件などは非常に厳しい。

 

 危険有害作業従事者に対しては、以前から雇用者は現物手当を支給することになっており(24条)、実務上は牛乳や果物などを当該労働者に支給している例がある。企業側からはその実効性に疑問を持つ声が出ているものの、同法でも現物手当の規定は残された。他方、危険有害作業の対象となる職種リストについては、保健省の意見を踏まえて見直されることになっている(222項)。

 

 労災・職業病の被災労働者に対しては、労災保険での補償範囲が、死亡時の手当、障害の認定費用や認定後の手当、職場復帰にかかる費用の支給、などに限定される。一方、雇用者には治療費の立て替え義務、医療保険で負担されない治療費、給与補償、労働喪失率に基づく補償金の支払い義務が課される。また、企業の敷地外での第三者行為災害や通勤途上災害についても、雇用者が同法の規定に従って労働喪失率に基づく補償をそれぞれ行うこととされており(39条)、日本では労災保険でカバーされる部分にまで雇用者側の負担が求められることへの懸念も挙げられている。なお、(1)業務遂行に無関係な被害者と事故の加害者間の争いの場合、(2)労働者が故意に自身の健康を害した場合、(3)麻薬、その他法律が規定する薬物を使用した場合、については雇用者による補償や労災保険の適用対象外とされている(40条)。

 

 労災・職業病保険基金については、既存の社会保険料(基本給+諸手当の18%)のうち1%を充当し、同基金への追加支払いは必要ないものとされている(44条)。他方、日本では危険度に応じて業種ごとに労災保険の料率が異なっており、全業種一律での料率設定を疑問視する企業もある。

 

<制度に対する考え方の違いにも留意を>

 労働安全衛生法の和訳はジェトロウェサイトに掲載している。なお、施行日(71日)以降も、同法内で詳細が規定されていない部分に関する政令や通達などが随時公布されることが見込まれるため、企業側でも情報をアップデートしていくことが必要となる。また、ベトナムの労働関係法令では労働者の保護が手厚い内容となっている点や、労災など制度に対する考え方が日本と異なる部分もある点については、実務上の対応に当たって留意することが重要といえる。

 

(竹内直生)

(ベトナム)

ビジネス短信 5dd997cfe161e5e5