為替変動による間接的な打撃を日系企業は懸念-英国EU離脱問題のシンガポールへの影響(2)-

(シンガポール、英国)

シンガポール発

2016年07月05日

 英国の国民投票でEU離脱〔ブレグジット(Brexit)〕選択された直後から世界の金融市場が不安定化したが、シンガポールでは国内経済への影響は限定的との見方が多い。進出日系企業へのヒアリングでは、英国経済の減速による直接的な影響はあまり大きくないとの声が多い一方、円高やアジア通貨安という為替面の間接的な影響を懸念する声も聞かれた。連載の後編。

<対英輸出は1%弱、影響は限定的との見通し>

 貿易産業省(MTI)は624日、「ブレグジットは前例がない事態のため、英国・EU・世界経済全体に及ぼす影響を見定めるのは、英国が今後締結するEUやシンガポールを含む国々との貿易協定次第」との見方を示し、「中長期的には、シンガポール経済への直接的な影響は限定的」との見通しを明らかにした。

 

 シンガポールの輸出額に占める英国向けの割合(2015年)は0.9%にとどまる(表参照)。アジア主要国・地域の中で、英国向け輸出割合が最も高いのはインドだが、それでも3.3%だ。英国側の輸入統計をみても、シンガポールからの輸入比率は0.2%、ASEAN10ヵ国からの輸入比率も2.7%程度だ。英国経済が減速することが、シンガポールを含むアジア地域の輸出に大きな影響をもたらすとの見方はほとんどない。

表 アジア各国・地域のEU・英国向け輸出割合

 ただし、英国経済の減速がEU経済全体に波及した場合の影響を懸念する声はある。シンガポールはEU向け輸出の割合が8.2%で、ベトナム(18.6%)などに比べれば小さいものの、全体の貿易量が落ち込めば、物流ハブであるシンガポールなどにも影響が及ぶ可能性もある。

 

 シンガポールの日系企業数社にヒアリングしたところ、シンガポールあるいは周辺アジア諸国から英国向けの輸出はそれほど多くはなく、アジアでのビジネスそのものに影響を与えるとの見方は少ないものの、EU向け輸出に広げてみると、今後のEU経済の動向を心配する声が聞かれる。日系企業への影響という意味では、英国とEUとの間でシームレス(国家間に垣根や途切れがない状態)な関係がなくなることから、「(アジアでの影響を考える前に)英国にあるグループ会社の戦略見直しが先」(総合商社)との指摘もある。また、英国向けに電気・電子部品を輸出している日系専門商社からは「納入先である英国工場の完成品の多くはEU向けに輸出されており、同工場の域内再編の状況によっては自社のビジネスも左右される可能性がある」と懸念も出ている。

 

<対英投資比率の高い不動産関連株は下落>

 シンガポールの直接投資については、英国への投資残高が416億シンガポール・ドル(約31,616億円、Sドル、1ドル=約76円)と全体の6.7%を占め、6位の投資先となっている。このうち、金融・保険分野の投資が過半を占めるが、近年は不動産関連企業が対英投資に積極的だ。シンガポール証券取引所(SGX1部上場の不動産開発会社ホー・ビー・ランド(Ho Bee Land)は2015年、3回にわたりロンドンのオフィス物件を取得した。「ビジネス・タイムズ」紙(628日)によると、同社の非流動資産における英資産の割合は35%に上る。また、同じくSGX1部上場で、不動産開発やホテル運営を手掛けるシティ・デベロップメントも2015年にロンドンの高級ホテルを取得し、同社資産のうち英資産は11%を占める。シンガポール主要紙では、こうした英国に投資しているシンガポール企業の動向に注目した記事が多くなっているが、これらの企業の株価は624日と週明けの27日に大きく値を下げた。

 

 対英投資への懸念が強まっていることに対し、スコット・ウェイトマン駐シンガポール英国大使は「シンガポールの対外投資、特に不動産やインフラなどにおける投資先として英国はトップだ。短期的な不安定化は別として、英国民によるEU離脱の決断が、シンガポール投資家の心理に大きな影響を及ぼすと考える必要はない」と、不安感の払拭(ふっしょく)に努める(「ストレーツ・タイムズ」紙625日)。

 

 一方、英国からシンガポールへの直接投資残高は、全体の6.1%に当たる622Sドルで、やはり6位の投資国になっている。ロールス・ロイス(航空機部品など)、スタンダードチャータード(銀行)、グラクソ・スミスクライン(医薬品)などの大手企業をはじめ、1,000社以上が拠点を構える。今後のシンガポールを含むASEANへの投資動向に関して、あるEU関係者は「EUからASEANへの約300億米ドルの投資のうち、英国は約100億米ドルを占める」と指摘し、「ブレグジットで英国企業の投資活動や戦略は、経済減速する英国・EUよりも、成長するASEANへ向く」との見方をしている。

 

<日系企業に強い円高など為替への不安感>

 在シンガポールの日系企業は、貿易・投資面での影響よりも、円高やアジア通貨安といった為替相場の影響を懸念している。円高は、日本からの輸出減、円換算による海外収益の減少など、企業経営全体の収益悪化につながる。シンガポールの電気・電子部品を扱う日系専門商社は「アジアでの販売は米ドル建てだが、日本からの調達は円建てで行っているため、シンガポールの現地法人が円・米ドルの為替リスクを負っている。既に採算割れする商材も出ている」と嘆く。一方、アジア通貨は落ち着きを取り戻す動きもみられるが、仮に通貨安が続いた場合、アジア各国で輸入した企業の収益悪化につながる。同専門商社は「アジアの地場企業は米ドルで輸入した商材を現地通貨で国内販売する必要がある。現地通貨が弱くなれば、地場企業の収益に悪影響を及ぼす」と懸念を示した。また、「域内でグループファイナンスをしている企業も、事業資金の調達に当たり、現地通貨建てにするか米ドル建てにするか、よく検討する必要がある」(銀行関係者)という声も聞かれた。

 

(小島英太郎)

(シンガポール、英国)

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