米国企業は英国・EU間の市場アクセスの保証を重視-英国の国民投票への反応-

(米国、英国)

ニューヨーク発

2016年07月05日

 英国の国民投票でEU離脱支持が残留支持を上回ったことについて、米国政府や議会関係者は英国との「特別な関係」は変わらないと強調した。米国企業は、英国とEU間の市場アクセスが引き続き保証されることを求めている。なお、米国とEU間で交渉中の包括的貿易投資協定(TTIP)について、専門家は交渉が停滞する可能性を指摘している。

<大統領は英国との「特別な関係」を強調>

 EU離脱派が残留派を上回った英国の国民投票の結果について、オバマ大統領は624日、「米国と英国の『特別な関係』は永続的なものだ」「英国とEUが両者の関係を問い直す交渉を始めても、両者は米国にとって欠かすことのできないパートナーであり続ける」との声明を発表した。ポール・ライアン下院議長(共和党、ウィスコンシン州)も「英国との『特別な関係』は、今回の投票によって影響を受けることはない」とした。

 

 大統領選挙の民主党候補者になることが確定的なヒラリー・クリントン氏は同日、自身のフェイスブックで「経済の不透明性が、米国の労働者に損害を与えないように取り組む必要がある」と述べた。また、不透明性の高い時期には経験豊かな統率力がホワイトハウスに求められるとして、自身への支持を促した。共和党候補者になることが確実なドナルド・トランプ氏も同日、訪問先のスコットランドで移民に対する怒りが世界中で広がっている、と語った。米国民も自国での支配権を取り戻すために英国民のように投票すべきだ、として、やはり自身への支持を訴えている。

 

<英国からEUへの市場アクセス継続を求める米国企業>

 英国に拠点を置く米国企業からは、EU市場との間の市場アクセスをこれまでと同様に保証するよう求める声が上がっている。キャタピラーの英国担当マネジャーのマーク・ドルセッテ氏は「欧州におけるわれわれのサプライチェーンにおいて、英国は欠かせない一部(intrinsic part)だ。不透明性を早期に取り除き、英国とEU間の完全な市場アクセスを保証し、英国に投資している企業の利益を保護する合意を結ぶよう全ての関係者に促す」と述べた(CNBC記事624日)。

 

 米国商工会議所のトーマス・J・ドナヒュー会頭も「英国への投資の多くは、同国だけではなく、欧州大陸の消費者への販売を目的に行われている。これら米国企業の関心事項が、今後の議論の中で考慮されるよう、英国政府と共に取り組んでいく」との声明を出した。

 

 ノーベル経済学賞受賞者でニューヨーク市立大学大学院センター教授のポール・クルーグマン氏は「WTOの一般税率は高くないことは事実」としつつ、「国境を越えた取引を目的とした長期投資を呼び込む上で、市場アクセスの保証が及ぼす影響は大きい。この保証を撤廃することは、長期的にみて貿易に負の影響を及ぼすだろう」と指摘している(「ニューヨーク・タイムズ」紙624日)。

 

 なお、2014年末時点の米国の対外直接投資統計残高(注)をみると、米国からEU28ヵ国への投資額は15,895億ドルで、全体の54.8%を占める。うち、英国への投資額は4,658億ドルと全体の16.1%を占め、国別で最大になっている。業種別にみると、米国から英国への投資は、製造業への投資が38.7%を占めており、特に化学(610億ドル)分野などへの投資が目立つ。

 

 在米日系企業からは「現段階では米国事業への直接的な影響はない」とする声が多い一方で、米国経済への今後の影響に関して懸念も聞かれる。また、貿易取引を行っている企業は「ユーロの下落により、欧州からの資材調達が採算面でプラスになる」(素材メーカー)などと、為替相場の影響を注視している。

 

<通商専門家はTTIP交渉が停滞する可能性を指摘>

 米国・EU間で交渉中のTTIPについて、米国通商代表部(USTR)のマイケル・フロマン代表は、英国の決断がTTIPに及ぼす影響を評価中だ、とする一方、「経済的および戦略的な合理性は変わらずに高い」述べた。引き続き、2016年中の合意を目指すと語っている。

 

 しかし、通商分野の専門家は、交渉が停滞する可能性を指摘する。通商専門誌「インサイドUSトレード」(628日)は、外交問題評議会(CFR)シニア国際エコノミストフェローのセバスチャン・マラビー氏の「英国のEU離脱の条件が固まらない限り、TTIP交渉が実質的に進むことはない」との見解を紹介している。同誌はさらに、リチャード・ハースCFR会長の意見として、英国とEU間での条件交渉はEU基本条約(リスボン条約)に定められている2年間を超える可能性がある、と指摘している。

 

 他方、ライアン下院議長とケビン・ブレイディ下院歳入委員会委員長は、米英間で個別に貿易協定を結ぶ可能性について触れている。ライアン下院議長は627日、TTIPと並行して、英国との2国間の貿易協定の交渉を進めるべきだ、と述べた。

 

(注)米国商務省は、投資元をたどる最終受益株主(UBO)の考え方に基づいた対外直接投資統計を発表している。本数値は同データに基づく。

 

(鈴木敦)

(米国、英国)

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