アジア中心に最新の治安情勢と安全対策を解説-日本企業向けに東京でセミナー開催-

(アジア、バングラデシュ)

ダッカ発、アジア大洋州課

2016年07月29日

 ジェトロは7月21日、東京で海外安全対策セミナーを開催した。世界各地で発生しているテロ事件に伴い、高まる安全対策への関心を踏まえ、特にアジアを中心とした最新治安情勢とビジネスリスク、さらに7月のバングラデシュにおける邦人テロ被害を受けてジェトロ・ダッカ事務所が行った在バングラデシュ進出日系企業の安全管理対策に関するアンケート結果について解説した。セミナーには、海外ビジネスに取り組む日本企業の安全対策担当者ら約470人が参加した。

<テロに遭うリスクを下げる対策が重要>

 開会のあいさつをしたジェトロの前田茂樹理事は「7月のバングラデシュにおけるテロは、親日国で日本人が犠牲となった点で大きな衝撃を受けた事件だった」とした。外務省の調査によると、201510月時点の在外邦人数は130万人を超えており、「テロや政治不安が海外における日本企業のビジネスに与える影響や安全対策に関する情報ニーズが高まっている」と述べた。

 

 今回のセミナーでは、危機管理・海外安全対策のコンサルティング会社オオコシセキュリティコンサルタンツから講師2人を迎え、アジアの治安情勢、テロに対する安全対策方法について、それぞれ解説した。

 

 シニアアナリストの和田大樹氏はアジアのテロ情勢に触れ、「テロに遭うリスクをいかに下げるかを念頭に置いた安全対策が必要だ」と話し、身体的な被害だけでなく、政情不安、政治対立や戦争の誘発、交通機関・インフラのまひなどのテロによる二次被害に備えることの重要性を指摘した。過去23年に発生したテロ事件では、事件が起きる半年~1年前から前兆が出ており、情勢が悪化してきている点が共通しているという。

 

 米国務省の世界のテロ統計によると、バングラデシュにおいて、2015年のテロ事件発生件数が2014年に比べ3.7倍(459件)、テロによる死亡者数は2.5倍(75人)と、大幅に増加していることを紹介した。「イラクとシャームのイスラム国(ISIS)」については、「組織としてだけでなく、ブランド化し、イデオロギーとして、社会的な不満を持つ若者らに拡散しており、ISISの思想に影響を受けた個人がテロ実行犯になり得る点を認識しておく必要がある」と語った。

 

 続いて、シニアコンサルタントの廣瀬幸次氏は、海外に派遣する社員をテロから守るための対策について説明。「重大事件発生時や社員がテロに巻き込まれた場合を想定し、海外危機管理体制をトップダウンで整備することが急務だ」とした。

 

 日本本社ができる安全対策として、(1)情報収集と社員への注意喚起、(2)警備員の手配、(3)防弾車や防弾チョッキなどの装備配付(特にテロ脅威度の高い国に対して)、(4)地元警察への協力要請、(5)社員に対するテロを想定した安全対策訓練の実施、などがあるという。

 

 社員の自己防衛策としては、テロ発生の可能性の高い場所や時期、時間帯を避けることが第一。店などに入る場合は、警備体制を確認し、非常口に近く、出入り口から遠い場所を選ぶなどの対策も必要となる。テロに遭遇した場合は、伏せる、身を隠す、逃げるが基本で、「万が一に備えて、訓練しておくことが重要」とした。

 

<駐在員を継続して派遣も、現地活動などには厳しい制限>

 ジェトロの鈴木隆史海外戦略担当主幹は、ダッカ事務所が737日に、在バングラデシュ進出日系企業243社に対して実施した安全対策アンケート結果を紹介した。

 

 回答が得られた65社の大半は「日本人駐在員を継続して派遣する」とし、事件後もオフィスや工場を稼働させている。しかし、駐在員の外出や出張者の受け入れを厳しく制限している企業がほとんどだ。各社とも時間が経過するにつれ、警戒態勢を強めている。当面の措置として、ほとんどの企業が国内出張、単独行動、外食の禁止、日没前までの帰宅、オフィスや工場の出入り口の警備の厳重化、避難訓練の実施などを行っている。

 

 最後に、外務省領事局の斉田幸雄邦人テロ対策室長が、治安情報などを担当する在外公館の領事班への相談、海外安全ウェブサイトの活用、3ヵ月以上の海外滞在時に義務付けられている在留届の提出を呼び掛けた。また、3ヵ月未満の海外滞在については、滞在国の在留邦人と同様の緊急情報が提供される「たびレジ」への登録を勧めた。

 

 質疑応答では、バングラデシュにおける今後のテロ動向、ラマダン以外にテロを警戒すべき時期などについて、参加者から活発な質問があった。

写真 セミナー会場の様子(ジェトロ撮影)

<日系企業は厳戒態勢が続くことを覚悟>

 ジェトロ・ダッカ事務所によると、治安情勢の見通しが不透明な現状から、安全対策に加え、今後のビジネスへの影響を憂慮する日本企業の声も聞かれるという。バングラデシュに工場を構える日系企業は「異例の事態であり、数ヵ月は警戒態勢が続くことを覚悟している。しかし、警備員の増員などの安全対策措置によるコスト増や出張者の渡航禁止が続けば、事業計画に大きな影響が出る」とコメントする。

 

 政府系シンクタンクであるバングラデシュ開発研究所のKAS・ムルシド所長は「短期的には局地的な影響で済む」としつつも、「テロが縫製業などの主要産業に影響を与え、投資が減退すれば、社会経済に大きな影響が出てくる」との見方を示し、「イスラム過激派の活動を許してしまった根本原因は、不寛容な政治と市民社会の分断だ。テロとの戦いに国民みんなで対処できなければ、今ある問題の解決は難しいだろう」と話した。

 

(河野敬、田中麻理)

(アジア、バングラデシュ)

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