例年どおり低所得労働者のベアを勧告-全国賃金評議会が2016/2017年度の賃金ガイドライン発表-

(シンガポール)

シンガポール発

2016年06月14日

 政労使の代表で構成する全国賃金評議会(NWC)は5月31日、賃金改定の指針となる2016/2017年度(2016年7月1日~2017年6月30日)の賃金ガイドラインを発表した。同ガイドラインは、経営環境の悪化に配慮した内容となっているが、月給1,100シンガポール・ドル(約8万6,900円、Sドル、1Sドル=約79円)以下の低所得労働者については、例年どおり50~65Sドルのベースアップを勧告した。NWCは2012年以来、具体的な数値目標を設定し、低所得労働者の賃金の底上げを図っている。

<経営環境の悪化を意識し個別の対応も>

 NWC531日に発表した20162017年度賃金ガイドラインは、厳しさを増す経営環境や先行き不透明な景気を意識した内容となった。NWCは例年とは異なり、個別企業の経営実績と今後の見通しに応じ、それぞれ個別のガイドラインを設定した。同評議会は、業績と今後の見通しがともに好調な企業については、ベースアップに加え、業績に応じて変動可能な可変給を支給することを勧告した。ただし、業績が良くても今後の見通しが不透明な場合は、ベースアップについては「節度ある対応」とする一方、業績に応じた可変給の支給を求めた。さらに、経営業績も今後の見通しも厳しい場合には、賃上げの抑制を勧告している。同評議会は人材省、全国労働組合会議(NTUC)、シンガポール国家雇用者連合(SNEF)や日本を含む外国商工会議所など政労使の代表で構成され、景気や雇用市場の動向、経済見通しなどを勘案して、その年の賃金改定の指針となるガイドラインを毎年発表している。

 

<低失業率も解雇は急増する傾向>

 2015年のインフレを加味した実質総賃金〔賞与と雇用主負担の中央積立基金(CPF、注)を含む〕の伸びは前年比5.4%増と、2014年の3.9%増を上回った。しかし、同国経済を取り巻く環境は厳しさを増しており、2016年通年のGDP実質成長率の公式予測は前年比1.03.0%と、2015年のGDP成長率(2.0%)とほぼ同水準にとどまる見通しだ。雇用情勢は2015年通年の失業率が1.9%、2016年第1四半期も1.9%(速報値)である一方、解雇された労働者は2015年に計13,440人と前年比23.2%増加しており、2016年第1四半期も速報値で前年同期比36.1%増と増加傾向にある。

 

 NWCは解雇増加を受け、「2016524日発表の余剰労働力に関する政労使ガイドラインを支持する」と強調した。同ガイドラインは、人材省、NTUC SNEFの政労使によって2008年に策定され、2016524日に改定ガイドラインが発表された。改定ガイドラインでは雇用主に、「中核となるシンガポール人労働力の維持と、解雇された労働者の支援」を強調している。人材省は同改定ガイドラインの発表の中で、「シンガポール人を標的にした不公平な解雇や、シンガポール人を解雇して外国人を採用するなどの差別的な雇用慣行については調査する。これが事実なら、企業は外国人採用の特権を失う可能性がある」と警告していた。

 

<業績良い企業はベアに加え可変給も支給>

 20162017年度の賃金ガイドラインはこれまでと同様、低所得労働者の所得底上げを雇用主に求める内容となった。NWCは雇用主に対し、月給1,100Sドル以下の低所得労働者について、5065Sドルのベースアップを勧告した。また、月給1,100Sドル以上の低所得労働者についても、そのスキルと労働生産性に応じた適正な賃上げをするよう求めている。

 

 NWC20122013年度のガイドラインで、基本月給1,000Sドル以下の低所得労働者に対し50Sドルの賃上げを勧告したのを皮切りに、毎年60Sドルの賃上げを勧告してきた。NWCの発表によると、フルタイムで働く労働者(永住権者を含む)に占める基本月給1,100Sドル以下の労働者の割合は、2014年の8.2%から2015年に6.9%へと低下した。しかし、201512月時点で、NWCの勧告どおり60Sドル以上のベースアップを実施した企業は18%にとどまった。

 

 NWC20162017年度の賃金ガイドラインの骨子は以下のとおり。全文は人材省のウェブサイトを参照。

 

1)厳しい経営環境に加え、雇用需給と労働生産性の伸びが分野ごとに異なり、景気見通しが不透明なことから、賃上げは持続可能かつ公平である必要がある。その上で雇用主に対し、a.業績が良く、今後の見通しも好調な場合には、ベースアップに加え業績に応じて変動可能な可変給の支給、b.業績が良いものの、今後の見通しが不透明な場合、節度あるベースアップを実施。ただ、業績に応じた可変給を支給、c.現在の業績も今後の見通しも厳しい場合、賃上げの抑制を勧告。

2)景気の見通しが不透明であっても、雇用主に、a.低所得労働者の賃上げ、b.月給1,100Sドル以下の労働者に5065Sドルのベースアップ、c.月給1,100Sドル以上の低所得労働者について、そのスキルと生産性に応じた適正な賃上げか、一時金またはその両方の実施を勧告。

3)派遣労働者の中に低所得労働者が多いことから、派遣契約の中に労働者の賃上げを可能とする条項の組み入れを強く要求。

4)解雇と契約中途解雇が増加しているのを受け、2016524日発表の余剰労働力に関する政労使ガイドラインを支持するとともに、労働者を解雇する際には責任を持ち、かつ公平であるよう雇用主に勧告。

 

(注)CPFは、雇用主と従業員(国民・永住権者)双方が、それぞれ年齢に応じた月給の一定額を積み立てるシンガポールの社会保障制度。

 

(本田智津絵)

(シンガポール)

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