離脱後の対EU貿易関係に3つのシナリオ-英国のEU離脱問題(2)-
(英国)
ロンドン発
2016年06月22日
英国がEUを離脱した場合、EUの貿易関係はどのようになるのか。その選択肢として、さまざまなシナリオが検討されている。連載2回目は、英国財務省が描く離脱後の対EU貿易関係のシナリオを紹介する。
<シナリオは一長一短、経営者の意見分かれる>
英国財務省はEUを離脱した場合の主なシナリオとして、(1)ノルウェー・モデル、(2)スイス・モデル、(3)WTO協定モデルを4月に発表している。どのモデルを選択するか、現在のところ政府は明らかにしていないが、いずれも一長一短で、英国経営者協会(IoD)が会員に対して実施したアンケートでは、ノルウェー・モデルを希望するとの回答が36%、WTO協定モデルが31%と意見が分かれている。
(1)ノルウェー・モデル
ノルウェーは1972年と1994年に、国民投票でEU加盟を否決した。欧州自由貿易連合(EFTA)に1960年の創設時から加盟し、1994年に発効したEFTAと、EUとの自由貿易協定(FTA)である欧州経済領域(EEA)協定を通じて、EU市場に関税なしでアクセスしている。一方で、シェンゲン協定への参加、大部分のEU指令の国内適用、市場アクセスの見返りとしてのEUへの拠出金など、EUとの関係において多くを妥協している。
(2)スイス・モデル
スイスは1992年の国民投票でEEAへの参加を否決したが、創設時に加盟したEFTAを土台に、1973年のFTA、1999年と2004年の2国間協定などEUと数多くの個別協定を締結し、市場へのアクセスを確保している。スイス単独で日本や中国とのFTAを締結している半面、EUとの関係ではサービスや金融分野などの協定が不十分で、手続きに時間がかかるといったデメリットも指摘されている。
(3)WTO協定モデル
EUとは特別な貿易協定を締結せず、WTO協定など国際的な貿易ルールを適用するというものだ。EUへの拠出金やEU法への調和(ハーモナイゼーション)などの義務は一切生じないが、自動車では平均税率が9.7%となるなど、各国との貿易にはWTO協定に基づく関税が発生する。WTOのアゼベド事務局長は、英国の輸出者は関税として年間56億ポンド(約8,568億円、1ポンド=約153円)を支払うリスクを抱えると述べ、WTO協定についても再交渉の必要があるとしている。
<脱退手続きと新協定締結にも3つのプロセス>
離脱後のモデルに関する議論の中で、英国がEUを脱退する手続きや交渉の期間に時間がかかるとの見方もある。
6月23日の国民投票を受けて、離脱となった場合は、英国はEU条約第50条に基づき、EUからの脱退手続きとEUとの新しい協定に関する交渉を開始すると見込まれている。英国財務省によると、このプロセスには、(1)EU加盟国としての資格が自動的に喪失される2年間のうちに脱退手続きと新協定締結を同時に行うケース、(2)脱退手続きと新協定締結を2年以上かけて同時に行うケース、(3)EUとの新たな協定を結ばないまま2年以内にEUから離脱するケース、の3通りがあるとされる。(1)と(2)についてはEUが脱退と新協定の同時交渉を認めない可能性が高いとされており、(3)の場合は脱退後、EUとの新協定締結までの空白期間に関税が発生するなど、経済的損失は大きい。
一方、離脱派はEU加盟国や欧州委員会との非公式協議で貿易の枠組みの見通しが立つまで、EU条約第50条の引き金を引く必要はない、との見解を発表した。EUとの新協定締結には時間はかからないとの見通しを示し、2020年5月の次回総選挙までにまとめれば足りるとしている。
(佐藤丈治)
(英国)
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