EU離脱の是非めぐり、経済や安全保障で意見対立-王立国際問題研究所がディベート実施(1)-

(英国)

ロンドン発

2016年06月09日

 王立国際問題研究所(チャタムハウス)は5月16日と26日の両日、英国のEU離脱の是非に関するディベートを実施した。概要について2回に分けて報告する。1回目の5月16日には、各党議員ら4人が参加し、離脱時のEUとの貿易交渉の見通しや安全保障確保のためのEUの位置付けなどについて主張を展開、意見の対立が浮き彫りとなった。

<各党とも統一見解を持たず>

 英国のEU離脱の是非については、各党とも統一見解を持たず、所属党員の自由投票を認めている。516日のディベートには、EU残留派として影の外相を務める労働党のヒラリー・ベン議員と緑の党のキャロライン・ルーカス議員が、EU離脱派として下院院内総務・枢密院議長を務める保守党のクリス・グレイリング議員と英国独立党(UKIP)のスザンヌ・エバンス広報担当が参加し、経済や安全保障などの観点からそれぞれの主張を展開した。

 

 まずEU残留派のルーカス氏は、英国の輸出の4割以上がEU向けであることを理由に、輸出企業にとってEU離脱は大きな問題だとした。また、英国の輸出のEU依存度は、EUの英国依存度よりも高いことから、離脱に伴うEUとの貿易交渉上で分が悪く、国民投票から離脱まで2年余りの間に交渉が妥結できない場合は相互の貿易はWTOのルールに基づくことになるが、とりわけ英国の輸出の多くを担うサービス産業に打撃を与える、との見方を示した。

 

 EUとの貿易交渉の難しさについては、もう1人の残留派のベン氏も指摘し、「フランスやドイツがEU域内より域外の国に対して良い条件を出すかは大きな疑問」と述べた。ベン氏は、EU離脱は労働者の雇用環境にも悪影響があるとして、英国の有給休暇制度や労働時間規制などはEUの規制を下地にしていることから、離脱によりこれらがなし崩しにされる可能性がある、と警告した。

 

 これに対し、EU離脱派のグレイリング氏は、離脱により自由貿易協定(FTA)を通じたビジネス機会が拡大すると主張し、その根拠として、EU加盟国でないスイスがFTAを締結している国々の経済規模が、EUの経済規模の3倍に相当する点を挙げた。英国にとって、国単位でみた最大の貿易相手はFTAを結んでいない米国であり、EUのくびきから逃れることで、このような国と貿易を促進する機会を得られるとした。

 

 また、離脱時のEUとの貿易交渉についても、EU各国にとって輸出先としての英国の存在感は大きく、交渉上英国が劣勢に立たされるとの指摘は当たらないと反論した。例えば、大統領選を控えるフランスで、政府が主要産業である農業の従事者に対し、農産品の最大の輸出相手である英国への輸出機会を奪うことはできない、との見方を示した。

 

<安全保障確保の手段で見解が相違>

 安全保障について残留派のルーカス氏は、EUが過去の戦争の惨禍を教訓にした統合であることを引き合いに、武力でなく言論を戦わせる場があること自体が賞賛に値するとした。その上で、英国がEUに残留した上で安全保障を追求すべきだ、と理念を語った。ベン氏も、イラン問題やロシアへの制裁措置などはEUとして団結しているからこそ功を奏しているとEUの重要性を訴えた。一方、離脱派のグレイリング氏は、英国の安全保障にとって重要なのは米国をはじめ中東、アジア、オーストラリアなどであり、EUとの連携は加盟各国との個別交渉で足りるとした。

 

 このほかの主張として、残留派のルーカス氏は環境問題など国境をまたぐ問題に対するEU規模の対応の必要性を指摘した。一方、離脱派のグレイリング氏は、移民を主たる要因の1つとする英国における人口急増の緩和や、EUが議会、予算、軍備などあらゆる側面で統合を進める中での主権確保には、離脱の道しかないと述べた。もう1人の離脱派のエバンス氏は、女性の権利保護に必ずしも積極的でない国がEUに含まれ、さらにEUの東方拡大によりこのような国が増加すれば、英国の女性保護に影響するとした。

 

(キャサリン・ロブルー、佐藤央樹)

(英国)

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