国際経験あるホワイトカラー人材管理には工夫が必要-国際ビジネス人材の確保・育成の取り組み(8)-

(スイス)

ジュネーブ発

2016年06月27日

 スイスの競争力の高さは、国外からの優秀な人材の流入と有能な国内人材の育成を組み合わせた政策によって支えられている。英語を含む複数言語を操り国際経験豊かな人材が豊富である半面、人材の獲得競争も激しい。現地化を進める進出日系企業にとっては、日本の本社の経営方針をくみ取り、現地で海外事業を推進する際の調整役となれる人材の登用や、地元における自社知名度の低さと人材確保に割けるリソースが限られる中でいかに優秀な人材を見つけ、獲得するかがカギとなる。

<人材誘致と人材育成両面のバランスが取れた政策>

 スイスは国外からの優秀な人材誘致と国内での人材育成の両方について、多層的かつバランスの取れた政策を実施している。フルタイムで働く労働者約500万人(2015年第4四半期)のうち、約3割が外国人だ。各種の優遇制度によって本社・研究所を誘致し、生活環境の良さと給与水準の高さに引かれた優秀な企業幹部クラスや研究・教育人材が世界中から集まる。一方で、低賃金労働は主に周辺国からの越境労働者によって担われている。スイスの労働法は、EU諸国に比べて規制が少なく解雇も比較的容易で、法定最低賃金も定められていない(2012年12月11日記事参照)。またスイスは日本と比べ、約25%と大学進学率が低いが、過去10年間、4%未満の低失業率と、高い給与水準を維持できている要因の1つに「デュアル・エデュケーション」と呼ばれる教育制度がある。スイスでは9年間の義務教育終了後の進路として、進学コースと職業訓練コースという選択肢がある(2014年10月22日記事参照)。職業訓練コースでは、官学民が連携してプログラムを実施しており、学校での授業と企業内研修を組み合わせることにより、高度な技能を習得した人材に鍛え上げる。職業訓練コース卒業者は大卒と比べても就業機会や給与に大差なく、コース選択後の大学編入も可能なことから、積極的に同コースを選択する若者も多い。連邦統計局によると、2013年度の後期中等教育修了者361,737人のうち64%が職業訓練コースへ進んだ。一方の大学進学コースでは、ほとんどの学生が専門研究過程まで進み、イノベーション創出を支える少数精鋭の人材となる。大卒者の数を絞り込み、企業ニーズに合致した、外国人労働者に負けない競争力を持つ人材を育成することで、低い失業率と高い給与水準を維持しているのだ。

 

<ブリッジ人材を幹部に登用>

 スイスに欧州本社を置く企業の多くも、税制優遇策と並んで、優秀な人材の豊富さをスイスの利点に挙げる。本社機能に必要なレベルの高いホワイトカラー人材が豊富な上、その多くは英語を含む複数言語を操り、多国籍企業での就労や国外取引にも慣れている。

 

 そのような環境下で、日系進出企業はどのように適材を確保し、管理しているのだろうか。サンスター(本社:大阪府高槻市)は2002年にスイス法人を設立、その後、2009年に日本からスイスに本社機能を移管し、サンスター自体はサンスタースイス(本社:ボー州エトワ)の日本子会社になった。サンスタースイスの人事・施設担当のユリア・リンツ氏に話を聞いた(218日)。

 

 サンスタースイスはグローバル経営の拠点として、人事、財務、購買、広報に加え、マーケティングや研究開発(RD)活動も行っている。従業員80人の国籍は15ヵ国に及び、うち7人が日本からの駐在員だ(20163月末現在)。経営の現地化については、日本本社のガバナンスを維持しつつ国外事業の拡大を進める必要がある。ここでカギとなるのが、国外の顧客や関係者のニーズと本社の経営方針とを調整する、いわゆる「ブリッジ人材」の存在だ。サンスタースイスでは、豊かなマネジメント経験に加えて、日本の文化や商習慣への理解も深い外国人を財務や人事のトップとして執行役員に迎えることで、この課題に対応している。また、スイス・ジュネーブ地域では他の西欧諸国と比べて、日本人や日本語を話す外国人を採用することにそれほど苦労しないという。

 

 外国人材の採用については、名だたる多国籍企業が集まる地域であるため、競争も激しい。知名度が低く、人材確保に割けるリソースが限られている日系企業が適材を獲得することは容易ではない。リンツ氏は工夫の1つとして、地元の組織「国際デュアル・キャリアネットワーク(IDCN)」の活用を挙げる。IDCNは、高い能力を有しながらもそれを生かす機会に恵まれない駐在員の配偶者への就職支援を目的に、2011年にネスレ、フィリップ・モリス、アーネスト・アンド・ヤングなどの多国籍企業とボー州商工会議所によって設立された非営利組織で、現在ではスイス3都市を含む世界10都市で展開されている。同社は、27のグローバル企業・団体が加盟するIDCNジュネーブ支部に加盟し、採用イベントなどを通じて有能な人材の目に触れる機会を増やすなど企業ブランド向上に努めている。

 

 組織の一体感を醸成するため、企業価値観の共有も重要だ。採用においては異文化適応力を重視するほか、入社後の研修では企業理念を映像教材を用いて伝えている。さまざまな国籍の管理職を集め、車座で経営方針について熱く議論を交わすことができるように、寺のお堂をモチーフにした和室を社内に設けている。こうした努力が企業の求心力を高め、人材を定着させることにもつながっている。

 

 スイスはもともと多言語・多文化国家である上に、国内市場が小さいため古くから国外でも活動し、国際ビジネス人材の管理では長い経験を有するが、こういう経験に日本企業は乏しい。スイスの国際経営開発研究所(IMD)で所長を務めるドミニク・テュルパン氏は「日本企業は進出先でのブルーカラー人材の管理にはたけているが、ホワイトカラーについては課題を抱えている」と指摘する。「外国人幹部の登用は1つの方法だが、長期的には、日本人幹部の国際的な人材管理能力を高めていく必要がある」と語った。

 

(杉山百々子)

(スイス)

ビジネス短信 7ecdeb045e20bbd8