EU離脱による金融分野への影響を討議-王立国際問題研究所がディベート実施(2)-

(英国)

ロンドン発

2016年06月10日

 王立国際問題研究所(チャタムハウス)は5月16日に引き続き、26日には金融分野の4人の識者を招き、マクロ経済や金融事業者への影響からみた英国のEU離脱の是非に関するディベートを実施した。EU残留派が、離脱が金融事業者の英国からの移転や英国の経常収支の悪化を引き起こすと主張すれば、離脱派からは、法制度など英国の金融ビジネス環境を踏まえれば離脱後も英国の地位は揺るがない、EU経済が危機にひんする前に離脱を急ぐべきだ、などの声が上がった。連載の後編。

<残留派:離脱なら3分の1の銀行が移転を検討>

 526日のディベートには、EU残留派から投資・資産の管理を行うSCMプライベートの創業者ジーナ・ミラー氏、スタンダード&プアーズ(SP)のソブリン格付けマネジャーのフランク・ギル氏が参加。EU離脱派からは、投資・資産管理のCMEヨーロッパ・トレード・レポジトリー最高経営責任者(CEO)ダニー・コリガン氏、ヘッジファンド大手トスカファンドのチーフエコノミスト・パートナーのサバス・サボーリ氏が参加した。

 

 EU離脱による英国の金融面での影響についてはこれまで、残留派から金融事業者のEU域内の他国・都市(パリ、ダブリン、フランクフルトなど)への移転につながるとの声が上がる一方、離脱派からはEUの規制から脱し、新興市場との取引の活性化につながるなどの声が出ていた。今回のディベートでは、4人の識者がマクロ経済や投資環境、金融事業者の動向などさまざまな側面からそれぞれ持論を展開した。

 

 まず、残留派のミラー氏は、ロンドンの金融街シティに拠点を置く75の銀行の3分の1に当たる25行が離脱になれば移転することを検討していると指摘した。さらに、移転には至らないが大規模な人員異動がなされる可能性があるとし、例えば、大手銀行のHSBC1,000人規模の人員をパリへ異動させることを検討しているとした。

 

 ギル氏は、マクロ経済や投資環境への影響について言及した。経常赤字額が世界2位の英国経済の安定に寄与しているのが、外国企業による英国への直接投資と各国中央銀行の外貨準備として保有されている通貨ポンドだが、EU離脱はこの2つに影響を与えるという。現在の対英直接投資の3分の1は欧州域外の銀行により行われており、離脱により英国からEU域内へのアクセスが困難になれば、これらの銀行による英国への投資が減少する。また、外貨準備としてのポンドについては、アジア各国の中央銀行などの保有回避につながり、英国の経常収支に打撃を与えるという。

 

<離脱派:EU経済からの決別が急務>

 一方、離脱派のコリガン氏は、EU離脱が現実となっても英国の金融センターとしての地位は揺るがないと主張した。英国に金融事業者が拠点を構える要因としては、英国やロンドンに根付く民主主義、法規制・会計制度、金融技術、法人税水準、言語(英語)などが挙げられ、これらを同時に兼ね備えた国・都市をEU域内でほかに見いだせない以上、引き続き金融事業者は英国に拠点を置き続けるという。

 

 最後に意見を述べたサボーリ氏は、EUの経済状況を踏まえると、今こそEU離脱を選択すべきと説明した。サボーリ氏によると、現在のEU経済の状況は、バブル崩壊後の1990年代半ばの日本や、アジア通貨危機後の1990年代後半のアジア諸国の景気低迷に似ているという。各国通貨が切り下げられ経済危機に陥ったアジア通貨危機になぞらえ、今後2年以内にEU域内のユーロ未導入国であるポーランド、チェコなどの通貨が切り下げられ、EU経済が不安定になる可能性もある、と見通しを述べた上で、国民投票の結果は「残留」になると予想するものの、これは大きな過ちとなる選択だ、と付け加えた。

 

(キャサリン・ロブルー、佐藤央樹)

(英国)

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