ボコ・ハラム対策には社会問題解決も重要に

(ナイジェリア)

ラゴス、ロンドン発

2016年03月25日

 イスラム過激派組織ボコ・ハラムが、2015年3月に「イラクとシャームのイスラム国(ISIS)」に対して忠誠を誓うと発表してから1年が経過した。2015年5月に就任したブハリ大統領は、ボコ・ハラム打倒を最重要課題に掲げ、勢力圏を狭めているが、以前の状態には戻っていない。複数の専門家は、ボコ・ハラム問題の解決には武力ではなく、背景にある社会問題の解決が重要だ、と指摘している。

<大統領は2015年内の打倒をアピール>

 ボコ・ハラムは、ナイジェリア北東部のボルノ州を中心に、カメルーン、チャド、ニジェールの国境をまたいで活動するイスラム過激派組織。2002年に結成され、2000年代の終わりごろからテロ活動を活発にし、2014年には約280人の女子生徒を拉致して世界に衝撃を与えた。

 

 「ボコ・ハラム打倒」を重大公約に掲げて大統領選に勝利したブハリ大統領は、2015年内の同組織打倒を宣言。軍幹部を一新し、周辺国とも協調しながら、政府軍の展開を強化してきた。この結果、ボコ・ハラムは北東部の山間部へと徐々に勢力圏を縮小させ、ブハリ大統領は打倒期限である201512月下旬、「技術的に(Technically)戦闘に勝利した」と、約束どおり打倒したことをアピールした。

 

 しかし、わずか数日後にボルノ州とアダマワ州で自爆テロが発生し、50人以上が死亡した。勝利には程遠く、北東部を中心にテロ分子が拡散している状況がなお続いている。

 

<実態のつかめない過激思想集団>

 過去にナイジェリア北部の英字紙でライターとして働いた経歴を持ち、現在もボコ・ハラム問題を中心に追い掛ける在英ジャーナリストのアンドリュー・ウォーカー氏は、218日にロンドンの王立国際問題研究所(チャタムハウス)で開催されたセミナーで、同組織の特徴などについて解説した。

 

 ボコ・ハラムは、創設当初は純粋にイスラム法(シャリア)による国づくりを目指す集団だったが、組織が大きくなる過程でさまざまな目的を持つメンバーが加わり、テロリスト集団へと変貌。いまや組織は分裂し、司令官も1人ではないとの見方が有力になっており、ボコ・ハラムという名前の組織があるのかすら確認されていない。

 

 ボコ・ハラム以外にも、ゴンベ州やナサラワ州など、過激思想を持った組織は各地で積極的に活動しており、今のところ暴力化していないものの、第2、第3のボコ・ハラムがいつ登場してもおかしくない。政治的な理由から、こうした組織を裏で支援している富裕層もいるという。

 

 ウォーカー氏は、「ボコ・ハラムは戦車や洗練された武器を持つような集団ではない」とし、ナイジェリア経済の中心ラゴスや、国境を越えてロンドンやパリでテロを起こすような「ビジョンと必要な手段は欠いている」としたが、「だからといって、国際社会にとって危険でないわけではない」と指摘している。

 

 チャタムハウスのリーナ・コニ・ホフマン氏は29日の「ニューズウィーク」誌への寄稿の中で、ボコ・ハラムとISISとの関係について、「財政的にも機構的にも、つながっているという証拠はほとんどない」とし、ボコ・ハラムが依然として自らの地域に対する不満など国内問題に固執しており、ISISの地域支配、巧妙なプロパガンダ、全ての犠牲を払ってでも西側諸国に対して直接攻撃を仕掛けるような思想的な影響は受けていない、と分析している。

 

 ウォーカー氏は、ボコ・ハラムと武力で対抗するためには、現在のナイジェリア軍のようなスピードの遅い大きな組織ではなく、機動性の高い部隊が必要だが、原油価格の低迷で財政的に非常に厳しい現在のブハリ政権がそのような用意ができるのかどうか疑問だ、と述べている。

 

<貧困や環境破壊、人口爆発が背景に>

 また、24日にチャタムハウスで開催されたセミナーでは、サヘル地域担当・国連人道調整官のトビー・ランザー事務総長補佐が、ボコ・ハラムが台頭するチャド盆地周辺の現在の状況を説明した。

 

 チャド盆地は、ナイジェリア、カメルーン、チャド、ニジェールの4ヵ国にまたがる地域で、世界最貧国の中でも最も貧しい地域だ。同盆地にあるチャド湖は気候変動の影響を直接受けて急速に面積が縮小しており、チャド盆地周辺はアフリカでも環境破壊が急速に進行している地域でもある。一方で、人口は爆発的に増加しており、今後20年間で倍増する勢いだ。

 

 こうした社会的に不安定な状況を抱える地域で、暴力的な過激思想が急速に浸透し、それがボコ・ハラム台頭の大きな要因となっている。ランザー事務総長補佐は、チャド盆地ではナイジェリア政府や多国籍軍の展開により、全体の襲撃事件数は増加こそしていないが、この暴力的な過激思想の浸透により、自爆テロなど致死性の高い事件が増えている、と指摘した。

 

 国連も、治安や環境対策などにおける政府間協力の推進や、チャド盆地の環境対策の強化など、ボコ・ハラム問題の根底にある社会的不安定性の解消に取り組んでいるが、問題の解決には時間を要する。最も苦労しているのはボコ・ハラムとのコミュニケーションの確立で、各地の村々で対話を試みているものの、ボコ・ハラムは他の過激派組織と比べても暴力性が高く、安全の確保が難しいという。

 

<雇用創出や教育など包括的な対策が必要>

 社会不安を背景に伸張したボコ・ハラムの芽を摘み取るためには、武力闘争の後の復興と社会開発が成否を握る。

 

 ボルノ州のカシム・シェティマ知事は37日、ラゴスで開催された会議で、雇用創出や教育、医療など包括的な対策が重要だ、と強調した。特に、公的教育は実質的に崩壊しており、重点的な投資が必要という。

 

 シェティマ知事はさらに、ボコ・ハラムの襲撃を逃れて避難生活を送っている住民の復帰が大きな課題だ、と指摘する。これら避難民に対して十分な対策が取れなければ、社会不安は解消せず、再び過激派が生まれる温床が存在し続けるためだ。

 

 連邦政府もこの課題を認識しており、201510月下旬に、避難民への医療や教育などの公共サービス提供を盛り込んだ「北東部マーシャルプラン」に900億ナイラ(約513億円、1ナイラ=約0.57円)を拠出すると発表した。しかし、歳入が大きく落ち込んでいる中、どこまで実行できるかは不透明だ。

 

(宮崎拓、佐藤丈治)

(ナイジェリア)

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