TPP加入の便益は費用上回るとの分析発表-マレーシアとTPP(8)-

(マレーシア)

クアラルンプール発

2016年02月03日

 マレーシア政府は環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の効果と費用に関する分析を行うために、大手会計事務所のプライスウォーターハウスクーパース(PwC)と政府系シンクタンク・マレーシア戦略国際問題研究所(ISIS)に調査を依頼し、その結果を2015年12月3日に発表した。両調査機関ともに、幾つかの懸念はあるものの、TPPの便益がコストを上回るとした。TPPがマレーシアに与える影響を報告するシリーズの最終回。

<メリットの90%以上は非関税障壁の削減から>

 2つの調査機関のうちPwCは、TPPがマレーシア経済に恩恵をもたらす一方で、企業の競争は激化し、さまざまな分野でTPPの義務に対処するためのコストを負うことになる、と報告した。また、その恩恵の最大化とコスト最小化のためには、構造改革とそれらに対応するための移行期間が必要になるという結論を出した。

 

 PwCの試算によると、TPPの実質合意に至った12ヵ国で全ての関税障壁が撤廃され、ブミプトラ(マレー系と先住民族の総称)優遇政策などの非関税障壁が2550%削減されると仮定した場合、TPPに加盟すれば、2018年から2027年までの期間にマレーシアのGDP1,070億~2,110億ドル押し上げられ、投資は1,360億~2,390億ドル増加すると見込んだ。そして、これらの恩恵の90%以上は非関税障壁の削減に起因すると分析している。逆に、TPPに参画しない場合は、同期間内に90億~160億ドル押し下げられるという(図参照)。

<最大の受益セクターは繊維>

 産業別にTPPの影響をみると、最も多くの恩恵を享受できるセクターは繊維で、以下、電気・電子(EE)、建設と続き、恩恵がそれほど期待できないセクターは石油・ガスと分析している(表参照)。どの産業部門でもTPPによる利益が不利益を上回り、さらに不利益は最小化できると見込まれている。繊維は原産地規則にTPP参加国の糸を使うヤーンフォワードが求められることで、繊維産業の川上投資が増加すると見込んだ。

 一方、石油・ガスにおいては、国営石油会社ペトロナスは引き続き、1974年石油開発法に基づく国内の炭化水素資源に対する独占保有権などを維持することができるが、石油・ガス分野の12の製品・サービスについては自由化することとしており、この点はこれまで規制に守られてきた企業には痛手となる。

 

 PwCは、TPPがマレーシアにプラスの影響をもたらすが、利益の最大化と同時に費用を最小化するためには、政府と重要な産業部門の協調が求められるとした。具体的には参加前から、政府は人的能力開発と中長期の構造改革の策定・実行が必須、と提言している。例えば、EE産業では、高度な技術を要する製造や研究開発(RD)を支える高技能労働者の数を増やす措置を政府が迅速に打ち出していくことが望まれる。その上で、TPPの発効が2018年までになされる場合、マレーシアは参加を選択すべきだ、と提言した(注)。

 

<ブミプトラ企業のデメリットは政府の支援で緩和>

 もう1つの調査委託先のISISは、労働集約型から知識集約型への産業構造の移行などを目指した新経済モデル(NEM)実現と高所得国入りに、TPPが不可欠とした。その一方で、TPP加盟はマレーシアに幾つかのネガティブな影響を及ぼす、と分析した。例えば、ブミプトラ企業や国営企業(SOE)に対する優遇策などの取り扱いに一定の制限が及び、政府調達では、特定の調達基準額を上回る場合に非ブミプトラ企業を交えた競争受注になる点がブミプトラ企業にはデメリットとした。しかし、政府は既存もしくは新規に導入する免許や認可を通じ、ブミプトラを支援できると指摘した。

 

 ISISは、賭博、酒、ハラール認証、シャリア(イスラム)法サービス、宗教学校などに関する規制が引き続き政府の管轄権内にあるために、マレーシアの社会・文化に関する節度は維持されるとした。労働については、今後、幾つかの既存の法律の改廃が必要とし、労働者が組合結成やストライキ権を訴えやすい環境になることで、労働コストは増加する可能性があると見通した。

 

 TPP協定を通じて、マレーシア政府は製薬会社に、医薬品データの特許保護期間を5年間付与することになった。ISISは、協定は同時にマレーシアに「アクセス・ウインドー」、すなわち締約国内で最初に新薬申請した日から18ヵ月以内にマレーシアでも申請を義務付ける規定を認めたことで、マレーシア国民は革新的な医薬品に常にアクセスできるメリットがあるとした。

 

 一方でISISは、同じ知的財産分野でも、コンテンツ産業における著作権の保護期間が50年間から70年間に延長されることで、ロイヤルティー支払いコストが年間11,500万ドル増える計算になり、消費者の負担は増える可能性があると分析した。さらにISISは、市場アクセス分野においては、コメは10年間で関税撤廃されるが、ベルナス(パディブラス・ナショナル)がコメの輸入を独占する既存の流通システムは維持され、酒、たばこは関税撤廃まで15年、自動車は12年と長めの移行期間が設けられており、加えて、国内課税の物品税が維持されたことで、大きな影響はないとした。なお、自動車は米国との間で、現在課している輸入台数制限を撤廃することになっている。

 

(注)各種報道では、TPPに関する特別国会が126~28日に開催され、マレーシア政府は24日に署名することが決定した。

 

(新田浩之)

(マレーシア)

ビジネス短信 80ebbd551a833878