一部自由化も国営企業への優遇は残る-マレーシアとTPP(6)-

(マレーシア)

クアラルンプール発

2016年02月01日

 マレーシア経済において存在感を示す国営企業は、ブミプトラ(マレー系と先住民族の総称)経済底上げの先兵として、政府から各種の優遇措置を受けてきた。環太平洋パートナーシップ(TPP)協定では、国営企業への非商業的援助の禁止や締約国企業への無差別待遇の付与などが規定されたが、政府は各種の留保規定を獲得したことで、国営企業の競争環境が極端に悪化することを防いだといえそうだ。

<締約国企業への無差別待遇などを規定>

 第17章の「国営企業および指定独占企業」章は、国営企業と民営企業の市場競争を平準化することを目的としている。国営企業および独占企業などの商業的活動に適用される。マレーシアの国営企業は、石油・ガス、電気、通信、郵便、航空などの重点産業分野において大きな存在感を有する。上場企業では国営電力大手のテナガナショナル、国営通信大手のテレコム・マレーシアなどがあるが、非上場の石油大手ペトロナスもマレーシア経済に大きな影響力を持っている。

 

 TPP協定では適用対象となる国営企業について、締約国が(1)株主資本の50%以上を直接的に所有、(2)持ち分を通じて議決権の50%以上を支配、(3)取締役会などで構成員の過半数を任命する権力を保持、の3条件の1つにでも該当する場合と定義付けた。その上で、締約国は国営企業が物品またはサービスの売買を行う際に、商業的考慮に従い行動すること、他の締約国企業に無差別待遇を与えること、国営企業への贈与や有利な貸し付けなどの非商業的援助を通じて他の締約国に悪影響を及ぼしてはならないこと、国営企業の総収入、総資産、借入金などの情報を他の締約国に提供すること、を規定している。

 

<政府系ファンドなどは適用対象外>

 本章はマレーシア中央銀行のほか、政府系ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド)、独立年金基金などは適用対象外となる。さらに、公共サービスを行う国営企業に世界的な経済上の緊急事態が生じた際や、年間の収入が2SDR338億円)に満たない企業も適用対象外となる。大手会計事務所のプライスウォーターハウスクーパース(PwC)によると、この条件下ではマレーシアの場合、ペトロナス、国営投資会社のカザナ・ナショナル、政府系投資会社ワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)、財務省傘下のプンビナアンBLTPBLT)、マレーシア開発銀行、連邦土地統合・復興庁(FELCRA)、投資会社ペルモダラン・ナショナル(PNB)に与える影響が大きい、とみている。

 

 以上の例外を踏まえても、無差別待遇や商業的考慮が全ての国営企業に適用されるわけではない。政府関連企業(GLC)ガイドラインの下で、国営企業の売買はブミプトラ企業相手に行われてきた。また、政府の「バイ・マレーシア・ファースト(Buy Malaysia First)」政策により国営企業はローカル企業からの購入を、さらにはブミプトラ企業との契約を優先してきた。これらがTPP協定ではできなくなるようにみえるが、マレーシアは無差別待遇と商業的考慮で多くの留保規定を確保した(表参照)。

 例えば、マジリス・アマナ・ラクヤット(MARA)、ブミプトラ・アジェンダ振興局(Teraju)、投資機関イクイナス(Ekuinas)は特定の活動において、これまでどおり年間調達額をブミプトラ企業に割り当てることが可能だ。ペトロナスやその関連会社の調達に関しても、調達先の開放は限定的だ。協定発効後1年目は国内川上事業の年間予算の最大70%を国内企業に優先的に発注でき、6年目以降は40%となるが、一部事業を除いて完全に自由化されるわけではない。

 

<財務情報など透明性の確保も限定的>

 非商業的な援助(贈与や商業的に存在するものよりも有利な条件での貸し付けなど)については、現在は国家的利害の観点から国営企業には各種独占権が付与され、民間企業よりも有利な条件で融資などを受けることができる。これらの特権は協定発効後も一部例外扱いされる。例えば、政府の社会・経済開発プログラムの下で、ペトロナスが政府の指定したプロジェクトに従事する場合は引き続き非商業的な援助を享受できる。

 

 さらに、国営企業の財務情報は上場している場合にのみ公表されており、ペトロナスのように大型国営企業であっても上場していない場合は公開される財務情報はかなり限定される。この点、TPPが発効すると、政府は独占企業の指定または既存の独占企業の独占の範囲の拡大、およびその指定の条件を他の締約国に通報する義務を負うが、情報の開示については締約国の裁量が認められ、マレーシアでは投資会社のPNBやイスラム教徒の資金を運用する巡礼基金(タブン・ハジ)には適用されない。

 

(新田浩之)

(マレーシア)

ビジネス短信 6275114068af72ae