労働者の権利強化で労務コストは増加へ-マレーシアとTPP(7)-

(マレーシア)

クアラルンプール発

2016年02月02日

 在マレーシア日系企業の多くは現在、経営上の課題に労務問題を挙げるが、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定発効後は、労働者の権利は強化されることが予想され、企業の労務コストはさらに増す可能性がある。シリーズ7回目は労務に関わる「労働章」を紹介する。

<マレーシアが締結するFTAでは初の規定>

 TPP協定は、マレーシアがこれまで締結した自由貿易協定(FTA)で規定されることがなかった労働章(19章)を備える。マレーシア自身はこれまでFTAで労働に関わる義務を負ってこなかったが、マレーシアが関与しない各種FTAでは、労働章の規定を含む協定が増えてきている。米国、カナダ、EUは自国が当事国となるFTAに労働章の規定を盛り込むよう、交渉過程で相手国に要求している。日本やオーストラリアも、最近は米国などと同様の立場を取り始めた。

 

 労働章は15条項から構成され、ILO1998年に採択した「労働における基本的原則および権利に関するILO宣言」に基づく内容になっている。マレーシアに影響を及ぼすとみられる規定が、第3条の労働者の権利だ。ここでは、ILO宣言に基づいた労働者の権利を取り入れた国内法を制定、施行することを各国に義務付けている。具体的には、組合結成の自由、労使間団体交渉の権利、強制労働の禁止、児童労働の禁止、雇用・職業に関する差別の撤廃。さらに、本条項は各国が最低賃金、労働時間、安全管理についても法律で制定し、順守することも規定されている。

 

ILO原則と米国からの要求への対処が必要>

 TPP協定では2国間の個別取り決めを書簡にしており、マレーシアは米国と労働章について、「マレーシア米国労働整合性計画(MalaysiaUS Labour Consistency Plan)」を書簡として交わした。この中では、TPP協定を締結するに当たり、ILO宣言に定められた条項のほかに、労働者の能力開発機関の設立や労務に関する情報の共有と透明性の維持、政府間関係強化のためのTPP専門委員会の設置も義務付けられている。

 

 マレーシア政府は前記の第3条と書簡の内容を実施するに当たって、労務関係の既存の法律・政策の改正とその施行を迫られる。特に、労働者が労働組合を結成する自由と強制労働が行われないようにする法改正、そして労働法令の適切な執行が必要になってくる。労働組合の自由化においては、組合結成の自由、国際労働組合団体との連携、団体交渉権やストライキ権の確実な確保などが求められる。

 

 強制労働関連では、雇用者がパスポートを取り上げること、被雇用者の移動の禁止や賃金の天引きなど、労働者に不利な内容を改善するための法改正が要求される。また、児童労働の禁止においては、18歳以下の就労条件のリスト化や、就労可能年齢を13歳以上とすることが必要になってくる。労働法令を適切に執行する前提として、効果的な法執行のための予算と人材の投入、査察強化などを実現させていくことになる。

 

<米国要求に沿うかたちで国内労働法制を改正へ>

 20151119日にはTPP協定の労働章に関して、労働法制を所管する人的資源省とマレーシア日本人商工会議所(JACTIM)はじめ各国商工会議所や労働組合などを招いたセッションが開催され、組合に関する質問が多数出た。例えば、TPP協定28章は紛争解決の取り決めが規定されているが、「この条項に基づいて、労働組合が提訴することは可能か」との問いがあった。政府は「28章の定義は国家・政府間のみに限定される。労働組合は国に意見書を提出することなどにより、国に労働問題を解決するように促すことができるにとどまる」と回答した。

 

 さらに、「団体交渉権の改善の詳細を知りたい」との要望に、政府は「現状の1967年の労使関係法(Industrial Relation Act)で規定されている団体交渉関連の幾つかの制限について、撤廃や組合指導者の資格条件の緩和などを考えている」と回答した。また、労働法制強化の契機となり得る米国の書簡について、「書簡に沿うかたちで政府は法改正を実施していくのか」との問いに、政府は「基本として、米国書簡が法改正の主要な基準になる」と回答した。在マレーシアの日系企業は労務問題を経営上の大きな課題と捉えているが(表参照)、TPP協定発効後は労働者の権利が強化されることが想定され、結果的に企業は今以上に労務コスト増加の影響を受ける可能性が大きいとみられる。

(新田浩之)

(マレーシア)

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