投資の自由化全般にわたりブミプトラ政策を留保-マレーシアとTPP(4)-

(マレーシア)

クアラルンプール発

2016年01月28日

 マレーシアに投資をする外資系企業にとって、投資の保護や規制緩和は大きな関心事だ。投資章では内国民待遇、特定措置の履行要求禁止など投資家保護に力点が置かれる中、マレーシアの留保が幅広く認められた。特に国策のブミプトラ(マレー系と先住民族の総称)優遇政策は将来の規制強化も許されている。具体的な規制がどうなるかは今後に委ねられるが、日本企業がマレーシアに容易に制限なく投資できるようになるとみるのは早計かもしれない。シリーズ4回目。

<シンガポールに次ぐ日本のマレーシア投資残高>

 投資における大きな問題は、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定が要求する規制緩和(国際法)と現存の国内法が矛盾することだ。国際法が優先されるために、国際法に合致した国内法の制定・改正が必要になってくる。マレーシア憲法では条約と協定の承認は行政府が管轄(連邦憲法74条、80条)し、行政権限は内閣が執行(39条、40条、43条)することになっている。

 

 2014年のマレーシアへの外国直接投資残高は4,675億リンギ(126,225億円、1リンギ=約27円)と5年前の2009年比で1.7倍増加し、多くの外国企業がマレーシアに進出している。これまでの投資残高をみても、シンガポールを筆頭に日本、米国のマレーシア投資に占める存在感は大きい(表1参照)。日本は2番目の投資残高だけに、TPP投資章の規定は日本企業の関心を集めている。

 投資章は、政府措置の予見可能性、不公平な差別・待遇の回避、収用への補償、国際仲裁の権利などを規定している。これによって、進出国は投資促進、経済成長、技能労働者確保、合弁事業の機会創出、多くの企業の投資が誘発されることによる競争市場の構築が可能となることに加えて、投資国が増えることで消費者は多様な財・サービスにアクセスでき、外資系企業の進出を通じた雇用創出の便益を享受できるようになる。

 

<自由化対象外の業種をリストに>

 投資章において、外国企業に意義がある規定は、内外投資家無差別原則(内国民待遇)、最恵国待遇、投資財産没収時の迅速・効果的・適切な補償、投資家に対する輸出、現地調達・国内販売・技術移転などを要求する特定措置の履行要求禁止、経営幹部および取締役に対する特定国籍を有する自然人の任命義務要求の禁止、とみられる。

 

 投資家に配慮しつつも、各国は各種の規制を有すことも可能だ。特定措置の履行要求禁止の例外として、政府はインセンティブ付与時に技術移転要求や研究開発(RD)を条件にすることができ、政府調達案件を外資系企業が落札した際は現地調達や技術移転を求めることができる。また、公衆衛生、環境保護、資源保全のための規制は許される。さらに、内国民待遇も補助金や政府調達には適用されないなど、各国の裁量に委ねられている部分がある。

 

 投資の自由化が広く認められる一方、各国は投資保護義務を留保できる。具体的に、各国は自由化の対象外となる業種を列挙している(ネガティブリスト方式)。裏を返すと、本リストに掲載されていない業種は原則、自由化される。なお、ネガティブリストは2つの付属書に分けて記載されている。付属書1は留保を認めた措置について、協定発効後に規制の程度をより悪化させないことを約束している。例えば、マレーシア政府は自動車組み立てに対する措置について、外資の出資比率を49%に限定しているが、この外資比率を厳しくすることは認められない(表2参照)。

 付属書2は、政策上、将来にわたって規制を導入し、または強化する必要があり得る分野については留保することを認める「将来留保」が記載されている。この中で、投資の最大の障壁となるのは、ブミプトラを支援する措置が認められている点だ。政府はこの条項を用いて、本来、自由化されるはずの業種に何らかの免許制度などを導入して、外資の参入を難しくする可能性も否定できない。その懸念事項については、今後の国内立法措置の行方に注意を払う必要がある。

 

<投資家と国の紛争を経験済み>

 投資章では、投資家と国の紛争解決手続き(ISDS)も規定している。投資章第A節に規定された違反に対して、投資家は国家を訴えることができる。被申立人が協議の要請を受領した日から6ヵ月以内に紛争が解決されなかった場合、申立人は係争事案を仲裁に付託できる。提訴先は投資紛争解決センター(ICSID)、国連国際商取引法委員会(UNICITRAL)などだ。一方で、乱訴防止のために投資家は損失を証明すること、根拠のないクレーム(frivolous claims)は却下、申立人の違反発生認知時から36ヵ月経過後の付託は不可、などの規定がある。

 

 マレーシアは2国間投資協定の条項を通じて海外投資家から訴えられ、被告となった経験がある。1979年にはベルギー・ルクセンブルク経済同盟がマレーシアの為替管理措置によって経済的損失を受けたとして、マレーシア政府を提訴したが、裁判所がその主張を却下した。また2005年には、英国企業が沈没船の引き揚げに伴う契約を履行しなかったとして訴えた事例がある。逆に、マレーシア企業が外国政府を訴えたこともある。2001年に不動産開発企業MTDはチリの外国投資委員会の許可を受けて投資を行ったにもかかわらず、住宅都市開発省が不公正な決定をしたとして提訴した。2003年には、テレコム・マレーシアがガーナ政府を訴えた事例もある。ISDS条項は、海外展開を進めているマレーシア企業にも投資が進出国から不当な扱いを受けた際に救済手段が広がる点で利点は大きいとみられる。

 

(新田浩之)

(マレーシア)

ビジネス短信 ef79477d8ed5359e