ブミプトラ優遇政策をはじめ国益は保持-マレーシアとTPP(2)-

(マレーシア)

クアラルンプール発

2016年01月26日

 環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の交渉前から政府が強く訴えてきたブミプトラ優遇政策は、ほぼマレーシア側の望むかたちで決着した。知的財産権分野における新薬の保護は、開発企業に配慮する姿勢を示しつつ、期間は5年となった。TPPの影響を取り上げるシリーズの2回目。

<懸案事項はバランスの取れた決着に>

 TPP協定全体に通底する点として、各国が抱えていた懸案事項は、当該国と他の交渉参加国がそれぞれバランスの取れた格好で決着した。マレーシアの場合、ブミプトラ(マレー系と先住民の総称)優遇政策を含む社会・経済発展を目指す国家の権利は保全されたといえる(表参照)。そのため、ブミプトラ優遇政策や公共の利益のために導入されている、あるいはこれから規制を立案する政府や州の権利に変化はない。

 ブミプトラ政策はTPP協定の30章全てに関係するわけではなく、主に「政府調達」「国営企業」「投資」「サービス」に関わってくる。政府調達では、一部建設サービスの場合はこれまで年間調達額の最低30%をブミプトラのコントラクターが担当していたが、今後もブミプトラは最大30%割り当てられるにとどまる。国営企業については、石油大手ペトロナスなどはこれまで優先的にブミプトラ企業に発注できたが、今後はブミプトラ企業以外にも開放されるものの、毎年の購入額の40%はブミプトラあるいは中小企業に発注することになる。

 

 投資・サービスについては、既存のブミプトラ優遇政策を維持するために、政府は投資・サービスに関する新たなライセンス制度を導入することが認められた。これにより、投資・サービス分野で外資系企業が出資制限なく進出できるようにみえても、当該事業に必要なライセンスをブミプトラしか持てない事例が出てくる可能性もある。この点については、今後の国内立法の動向がカギを握る。

 

<新薬データの保護期間は5年を選択>

 「市場アクセス」章に規定された各国の関税撤廃は、マレーシアの電気・電子(EE)、化学、パーム油、ゴム、木、繊維の各製品や自動車部品の輸出にプラスの影響をもたらす。また、米国、カナダ、メキシコ、ペルーは自由貿易協定(FTA)の未締結国のため、企業は新市場開拓の足掛かりをつかむことができる。例えば、米国は約90%、カナダは約95%の品目の関税を即時撤廃する。2014年時点で上記4ヵ国の輸出シェアは合わせて約9.5%で、その中では米国のシェアが際立つ(図参照)。また、特恵税率を享受するために、各国は原産地規則を満たす必要がある。特に自動車産業に要求される高い原産性は、マレーシアの自動車産業に大きなプラスの意義があるとする。一方、マレーシアは85%の品目の関税を即時撤廃するが、これは国内の消費者にとって、輸入商品をこれまでより安く購入できる利点をもたらす。

 「知的財産」章では、新薬の特許権が先進国の企業に有利になりかねないと危惧されていたが、結果的にはマレーシア側の主張が取り入れられた。マレーシアは新薬を特許で保護することは企業が多額の資金を投じ、研究開発の最終段階になっても失敗が生じるリスクに、さらには完成後も製造物責任が発生するリスクに直面することを考えると、苦労して開発した新薬が他社にあっさりと複製されては非合理だとし、一定の特許権の保護には賛意を示す。一方で、AIDSなどの患者が価格面から効果的な新薬を入手しにくくなることには反対の立場を堅持し、新世代薬とされる生物製剤(バイオ医薬品)のデータ保護期間が長期になることに反対してきたが、加盟国は5年と8年を選択できることになり、マレーシアは5年を選択した。

 

<外資系企業の貢献をアピール>

 「投資」章に規定された投資家と国家の紛争解決手続き(ISDS)条項については、政府は外国企業がマレーシア政府を訴え、これまでの制度が変わることを懸念していたが、公共の利益のための規制は訴訟対象にならないことで国益は守られるとした。また、一定額以下の政府調達に関する紛争はTPP発効後3年は訴訟に持ち込めない点や、紛争対象事案の発生から36ヵ月以上経過した事象は提訴できないことで乱訴に歯止めがかかるとした。逆に、ISDS条項は海外展開を行うマレーシア企業には利点があるとした。

 

 海外からの投資が拡大することで、外国人の単純労働者や技能労働者がマレーシアに大勢流入する懸念については、外国人労働者の入国を引き続き政府の規制の範囲内で管理するとした。また、外資系企業がマレーシア経済を搾取するのではないかとの懸念については、むしろ外資系企業の経済貢献の方をアピールした。2014年に773件の製造プロジェクトが始動し、そのうち34.7%は外資関連案件で、35,130人の雇用を創出し、うち25%が管理職レベルとし、外資系企業は高い職位でマレーシア人を遇しているとした。また、外資系企業の事業拡大は、マレーシアの中小企業の雇用やビジネス機会の拡大に貢献する点にも言及した。

 

(新田浩之)

(マレーシア)

ビジネス短信 3c26ac0fa5f8665d