政府は懸念事項を払拭しつつ、メリットを強調-マレーシアとTPP(1)-

(マレーシア)

クアラルンプール発

2016年01月25日

 環太平洋パートナーシップ(TPP)協定は、マレーシアの経済・産業にどんな影響を及ぼすのか。8回にわたって、TPPがマレーシアに与える影響を国際貿易産業省(MITI)の資料を中心に紹介する。初回は、TPPがもたらすメリットについて。政府は交渉を通じてマレーシアの主張が認められたことで、TPPに対して国民が抱く懸念は払拭(ふっしょく)できるとの見解を発表した。TPPは市場アクセスの拡大や企業の海外展開を支え、これまでの自由貿易協定(FTA)ではなかった条項が規定される。それによって、マレーシアの国内制度を進んだ国際基準に適合させていく意義もある、とした。

<懸念の大きい3分野取り上げる>

 TPP協定発効によって、マレーシアはどう変わるか。政府はまず、国民・企業の懸念が大きい分野を3点取り上げた(表参照)。第1は国内自動車業界への打撃についてで、マレーシアは既に自動車産業は外国車に開放的になっている、とする。現在、ASEAN自由貿易地域(AFTA)によって、自動車関連の輸入関税を既に撤廃している。TPP参加国の日本、オーストラリアからの輸入関税もそれぞれ両国をカバーするFTAによって、2016年から関税は撤廃されることになっている。一方、TPP協定発効後は、完成車(CBU)の輸入関税30%が12年間残り、CBU以外の自動車製品への輸入関税は510年は残るとする。むしろTPPの方が、AFTAや他のFTAを利用する場合よりも高い輸入関税で国内自動車産業は守られることになるとしている。

 第2は関税撤廃が中小企業に打撃を与える懸念についてで、政府は国際競争力で劣る中小企業の保護に配慮していく、とする。特に、中小企業の多くはブミプトラ(マレー系と先住民族の総称)が経営するだけに、政府もその保護には細心の注意を払う。現在、輸入関税はWTO協定税率を適用する国に対して、既に65%の品目で0%まで引き下げられている。加えて、マレーシアが締結する19ヵ国をカバーするFTAの枠内では既に90%の品目で関税が撤廃されている。その意味では中小企業は既に、AFTAやその他のFTAの枠内で競争的な環境下に置かれているが、今後はTPP協定が発効すると、99.1%の輸入関税が撤廃される。この点、政府は関税が即時撤廃される品目は84.71%、5年以内に93.21%が、10年で99.1%の品目の関税が撤廃されることになると発表し、中小企業が外国製品との競争に全面的に巻き込まれることを回避するための移行期間を交渉で勝ち得たことを強調した。また、政府は中小企業の競争力強化に向けた支援を続ける、とした。

 

 第3は国家と投資家の間の紛争解決(ISDS)について。マレーシアの国民・企業は、外国企業からの国を相手取った訴訟の乱発や裁判の結果、国内制度が原告企業に有利に変更されることを危惧している。この点、マレーシアは8つのFTA(日マレーシアFTAASEAN中国FTAなど)で、既にISDS条項を受け入れてきた。TPP協定が発効しても、裁判の前には協議や交渉が求められること、公衆の安全のために政府が規制を行うことは許されていることから、懸念はない、とした。なおISDS条項において、マレーシアは、国民の健康や生活を守るための国内政策を外国のたばこ会社が協定違反として訴える可能性を危惧していたが、たばこ規制措置についてのISDSの適用除外は協定内で認められた。

 

TPP不参加は、非ASEANと同義と説明>

 政府は上記の3点以外の国民・企業の懸念についても、TPP参加の意義を説いた。具体的には、外資の出資比率に上限を設けたこと、政府調達を外資に開放する際には下限が設定されたこと、国有企業やサービス産業の自由化においては留保条項を織り込むことで自由化の範囲を抑えたこと、マレー系と先住民族を優遇するブミプトラ政策を保持したことだ。逆に、TPPに加盟しないのはASEANの一員でないことを意味することと同義で、国益を害する、とした。

 

 TPPに加盟しない場合、同じASEANTPP参加国のシンガポールやベトナムが、他のTPP加盟国に有利な条件で市場アクセスが可能になる一方、マレーシアはこれらの国よりも国際競争力で不利な状況に置かれるとした。また、世界の企業がTPP加盟国内でサプライチェーンを組む際にマレーシアは取り残され、それらは今後の対内直接投資や既存の投資企業のマインドにマイナスの影響を与える、と分析した。

 

 さらに仮に既存の加盟国から遅れて協定締約後に参加交渉を行うような場合には、より大きな譲歩を迫られる。ブミプトラ政策や外資出資比率などで柔軟な対応が各国から認められたものが、協定発効後に後から交渉参加してもそれは認められないだろう、とした。TPPに加盟することにより、TPP加盟国の経済規模がこれまでのFTAとは比類がないだけに、マレーシアは貿易投資の面で大きく裨益(ひえき)することが期待される。また、TPP協定は労働や環境などこれまでのFTAにはなかった先進的な条項が規定されていることから、マレーシアは高度な国際標準に沿った国内法を整備することが可能になる、としている。

 

<既に海外投資立国の域に>

 マレーシア政府はさらに、TPPに加盟する大きなメリットとして、マレーシア企業が積極的に海外展開している点を挙げる。マレーシア企業は他のTPP加盟国に積極的に進出しており、米国ではゴム手袋大手のスーパーマックスが、カナダとメキシコでは国営石油大手のペトロナスが、シンガポールでは病院大手のIHHや金融大手のメイバンクが事業活動を展開している。また、ベトナムには建設大手のガムダが、オーストラリアには不動産開発大手のUEMサンライズが進出している。そのほか、格安航空会社エアアジアと大手建設コングロマリットのYTLグループは日本に投資している。

 

 マレーシア政府は世界各国で誘致活動を行い、外国企業誘致に力を入れてきた。そのため、マレーシアは投資受け入れ国のイメージが強いが、ストックベースみると、マレーシアの投資額は既に海外投資立国の域に達している。2014年の対外直接投資残高は5,342億リンギ(約144,234億円、1リンギ=約27円)で、対内直接投資残高の5,275億リンギを上回った(図参照)。投資の自由化も規定するTPP協定は、マレーシア企業にさらなる海外開拓の契機を与えるとみられる。

(新田浩之)

(マレーシア)

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