GSPによる米国の恩典の将来的な失効を懸念-TPPがタイの輸出競争力に及ぼす影響(2)-

(タイ、米国、ASEAN)

バンコク事務所

2015年11月10日

 タイ政府は10月末時点で、TPP加盟について「プラス面、マイナス面の影響を考慮して慎重に検討する」との姿勢を崩しておらず、結論を出す期限にも言及していない。決断までには「1~2年の猶予がある」とするプラユット首相の発言も報じられている。既存の自由貿易協定(FTA)ネットワークに加え、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)などの交渉が進展していること、最大の輸出相手である米国との関係では一般特恵関税制度(GSP)による恩典が継続していることなどが背景にある。他方で、米国のGSPについては、2017年末以降の適用に関する見通しは立っておらず、GSPの失効後の米国市場で競争力の低下を懸念する声もある。連載の後編。

<「決断期限の2017年まで猶予」と首相>

 プラユット首相は1022日、テレビ演説で「タイはTPPへ参加する必要があるか、慎重な検討が必要」として、プラス面とマイナス面の影響をあらゆる側面から分析するよう、関係機関に指示したことを明らかにした。首相は「商務省が中心となり、タイ商業会議所、タイ工業連盟、タイ銀行協会など主要経済団体を通じた意見聴取を行っている」とした上で、タイ産業界の間でTPP加盟のニーズが高まっていることを認識していると述べた。一方で、首相は「参加するかどうかを決断すべき期限は、2017年まで猶予がある。チャンネルは閉ざすことなく、慎重に検討を続ける」との意向を示した。

 

 「バンコク・ポスト」紙(1021日)では、アピラディ商務相のコメントが次のように報じられている。「ASEAN加盟国のうち、マレーシア、シンガポール、ブルネイおよびベトナムがTPPに参加していることから、これらの国に対する競争力の低下を懸念する声がある。しかし、タイは既に、米国、メキシコ、カナダを除くTPP加盟9ヵ国との間でFTAを有している。また、米国との間では特定の品目について、GSPの恩典を継続的に受けている。そのため、TPPの合意は、タイの産業に対して特にプレッシャーを与えるものではない」

 

<将来的なGSP失効を考慮する必要ありとの声も>

 他方、米国がタイに一方的に適用しているGSPの恩典は、あくまで「時限的措置」であることから、同制度が失効した場合の影響についても慎重に考慮しなければならない、とする声もある。

 

 米国のGSPについては、20137月末から約2年間、米国議会が延長法案を可決できず失効していたが、20157月にようやく特恵関税延長法が施行され、201381日に遡及(そきゅう)するかたちで適用が再開・延長された経緯がある。制度が延長されたことにより、タイを含む適用対象国は20171231日までは同制度の活用が可能だが、その後も同制度が延長されるか否かの見通しは全く立っていない。国内には、GSPが失効した場合には、「現状の輸出競争力を維持できなくなる」との見方もある。

 

 米国国際貿易委員会(USITC)関税データベースの集計によると、タイからの輸入11,422品目のうち、GSPの適用対象は品目数ベースで29%に相当する3,303品目となっている。また、201518月のタイからのGSPを活用した輸入額を集計すると、232,8515,000ドルだ。同期間におけるタイからの輸入総額1881,290万ドルのうち、最恵国待遇(MFN)税率がそもそも0%で輸入されている品目は、品目数ベースで3,992品目、金額ベースで1143,600万ドルとなっており、これらを合計すれば、米国の対タイ輸入において、品目数ベースで全体の約64%、金額ベースで73%が関税免除の対象となっていることが分かる。

 

 表は、GSPを活用してタイから輸入した上位15品目で、特にエアコン、飲料類、ゴム手袋、調製食料品、エンジン用ポンプなどの品目で多く活用されている。中でも、調製食料品(MFN税率6.4%)、台所・浴槽・便器など陶磁性の衛生用備品(5.8%)、点火用配線セット(5.0%)、クエン酸(6.0%)、自動車用の卑金属製錠(5.7%)などは、GSPを活用する場合(免税)と活用しない場合の関税差が大きく、制度の適用がコスト競争力の面で大きな効果をもたらしていることが分かる。その半面、同制度が失効すれば、反動の大きなダメージを受ける可能性がある。

<生産拠点シフトは非現実的との見方>

 民間シンクタンクであるカシコンリサーチセンターは、TPPの発効に伴うタイ輸出産業への影響は限定的」との見方を示しているが、その一方で、「米国GSPの失効が懸念材料」と指摘している。その上で、「タイは将来的に、(GSPが長期的に適用されるだろう)カンボジアやラオスへの投資などを含めた戦略構築を図る必要がある。タイはその中で、製造管理や資本面での統括機能の役割を果たし、周辺国との競合に対応するべきだ。併せて、製造業の構造改革と人材育成を推進し、労働集約型産業から付加価値型産業へ転換を急ぐことが重要だ」としている。

 

 また、タイを北米、欧州、アジアを含む世界市場向け輸出拠点と位置付ける日系自動車部品メーカーは、ASEAN物品貿易協定(ATIGA)、ASEAN中国FTAASEANインドFTAなどを活用しながら周辺市場向けに製品を輸出しているほか、米国向けにはGSPを活用することで、ほぼ全ての主力輸出品についてゼロ関税で輸出を行っている。一方、輸入に関しては基本的にタイ投資委員会(BOI)による原材料の免税恩典制度を活用しているため、「BOIによる恩典が活用できる限り、調達先の国・地域を問わず、関税免除の恩典は受けられる」という。

 

 この自動車部品メーカーによると、米国市場に関しては「GSPが継続している限りは、TPPに関係なく、タイの競争力が劣後することはない」とした上で、米国GSPについては、「タイ向けのGSPの適用が2017年末以降も継続されるかを注視しており、もしGSPが継続されないと(TPPとは関係なく)、販売コストに影響が出る」としている。他方、「たとえGSPが失効しても、タイの生産拠点を他のベトナムやマレーシアなどのTPP加盟国に移すのは現実的ではない。数パーセントの関税コストによって、生産ハブとしてのタイの優位性が失われるものではなく、他の地域で代替できるものでもない」とコメントしている。

 

RCEPの早期締結への期待高まる>

 自動車・同部品産業分野における生産ハブとしてのタイの優位性については、サイアム商業銀行・経済情報センターが1015日に発表した「TPPがタイ自動車産業に与える影響は極めて限定的(TPPMinimum Impact on Thai Auto Industry)」と題したレポートの中でも強調されている。

 

 レポートでは、(1)タイはASEAN域内、オーストラリア、ニュージーランドとの間で自動車関連の関税を相互に引き下げ、その恩典を受けていること、(2)タイは日本の自動車メーカーにとって長年、極めて重要な投資先で、生産バリューチェーンの最も高付加価値な領域である研究開発(RD)の現地化も進展していること、(3)北米自由貿易協定(NAFTA)やマキラドーラ(輸出を条件とした保税委託加工)制度をベースとした北米地域の生産ネットワークと、東南アジアのネットワークは切り離されており、タイから北米に輸出される自動車部品は他国製品と競合しないこと、などを理由として、「TPPは既存のタイのFTAネットワークを補完する機能が期待される一方、脅威ではない。日本の自動車メーカーのグローバルバリューチェーンは今後、一層強化され、その中でのタイの役割の重要性は一層高まるだろう」としている。また、タイの生産ネットワークは中長期的には、TPPに加盟していない中国やインドとの間で、より緊密な関係を構築することが見込まれる、としている。

 

 TPP加盟の是非をめぐる議論は同時に、中国や日本、インドなどが参加するRCEPの早期妥結へのニーズを喚起する効果を生んでいる。当地「ネーション」紙(1026日)は、RCEPに加盟する16ヵ国(ASEAN10ヵ国および日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インド)が65%の品目の関税を撤廃することに合意したことを伝えている。同時に、「65%の品目の関税撤廃は、完全な自由化に向けた重要なスタートだ。RCEPはタイにとって、TPPへの不参加によって起こり得る不利益を相殺する効果がある」とするアピラディ商務相のコメントを報じている。

 

 商務省によると、2014年のタイのRCEP交渉参加国向けの輸出額は、タイの輸出総額の56%に相当する1,280億ドル、輸入は58%に当たる1,330億ドル。また、同年のRCEP交渉参加国からタイ向けの外国直接投資(FDI)額は約2,800億バーツ(約9,520億円、1バーツ=約3.4円)で、これは同年のタイのFDI受入額全体の約70%に相当する。商務省通商交渉局のシリナート・ジャイムン局長によると、RCEP交渉の関税分野における合意は、11月中旬にクアラルンプールで開催されるASEAN首脳会議および同関連会合の場で、各国首脳に正式に報告される予定だ。

 

(伊藤博敏)

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