TPP交渉大筋合意を歓迎する一方、効果は限定的との見方も

(シンガポール)

シンガポール事務所

2015年10月21日

 リー・シェンロン首相は10月6日、環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉の大筋合意を受け、「歴史的瞬間だ」と歓迎し、市場参入機会の改善、開放的で公正な競争環境の創出などに期待感を示した。産業界もおおむね好意的に受け止めているが、シンガポールは既にTPP交渉参加国のうちメキシコとカナダを除く9ヵ国と2国間・多国間の自由貿易協定(FTA)を締結しており、TPPの短期的効果は限定的との見方もある。

<政府や産業界は中小企業の事業拡大・雇用創出にも期待>

 貿易産業省(MTI)は105日、TPP交渉の大筋合意を受けてプレスリリースを発表し、「シンガポール企業は交渉参加11ヵ国へのさらなる市場参入が可能になる」と歓迎の意を示した。また、「デジタル・エコノミー(IT技術によって生まれた電子商取引などの新しい経済)を成長させるための強固かつバランスの取れたルールは、より多くの機会を生み出す」と、TPPの幅広い効果に期待を述べた。

 

 リム・フンキャン貿易産業相(貿易担当)はプレスリリースで、「TPPがアジア太平洋地域の将来を具現化する。物品やサービスにかかる関税や非関税障壁の削減により地域を変革し、投資拡大を促進する」と指摘。「TPPは中小企業が最大限に利益を享受できるよう、より包括的な内容になっている」と述べた。さらに6日には、リー首相がフェイスブックで、「シンガポールの輸出業者は、TPP参加国の市場に参入しやすくなるだろう。また、投資家はより開放的で平等な競争環境を期待できる。この協定は中小企業に対してさらなるビジネス機会を提供するとともに、より良いビジネス環境を創出する。長期的にシンガポール国民は、より多くの職を得、さらなる繁栄を享受することができる」とコメントし、強い期待感を示した。

 

 シンガポール・ビジネス連盟(SBF)は106日、「TPPは新しいビジネス機会を提供し、貿易・投資のルールを強化し、地域のビジネス環境を改善する」と、産業界としても歓迎する意向を表明した。また、TPPが中小企業に関わる章を設けたことにも触れ、「中小企業のグローバルなサプライチェーンへの統合、ビジネス拡大を円滑に進めることを目的とした内容が盛り込まれた」と、リー首相、リム貿易産業相の発言同様、中小企業の事業拡大・雇用創出に期待を寄せた。

 

<他国間の貿易に介在することで得る利益も>

 一方、TPPの貿易上の効果は限定的だとの冷静な見方もある。「ビジネス・タイムズ」紙(107日)は有識者の「シンガポールは既に他のTPP交渉参加11ヵ国のうちメキシコとカナダを除く9ヵ国とのFTAを発効済みのため、短期的にはTPPの効果は比較的小さいとみられる。加えて、TPP交渉には中国が参加していないため、その効果は限定的だろう」との見解を伝えている。

 

 シンガポールは発効済みのFTA21あり、ASEAN、中国、米国、日本など主要貿易相手国とは2国間または多国間のFTAを締結しており、2014年の発効済みFTAのカバー率(貿易総額に占めるFTA発効国との貿易比率)は、輸出で73.2%、輸入で79.5%、往復で77.2%を占めている(表参照)。これに交渉合意済みのEU、大筋合意のメキシコとカナダを加えると、FTAのカバー率は89.1%に達する。

 しかし、TPPのカバー率は往復で30.4%もあり、これだけの貿易がTPPという1つの協定で結ばれる意味・効果はあるだろう。例えば、今まで直接的なFTAの関係がなかった米国とベトナムの取引に、シンガポールがTPPを使って介在することにより得られる利益もあると考えられる。マレーシアのCIMB銀行のソン・センウン氏は「シンガポールはTPPから大きな利益は得られないかもしれないが、参加国間での貿易を円滑にするような中間サービスを提供することで得られるものはある。そのサービスとは、シンガポールが得意とするバンキングや法律サービスなどだ」(「ビジネス・タイムズ」紙107日)と指摘している。

 

 MTIの関税撤廃・削減以外で企業への恩恵が期待できる分野の詳細説明として、「サンデー・タイムズ」紙(1011日)は以下のように報じている。

 

1)マレーシア、ベトナム、ブルネイにおける民間ヘルスケア、通信、国際宅配便(クーリエ便)、エネルギー、環境サービス分野の外資規制撤廃。

2)マレーシア、ベトナム、メキシコでのIT、建設、コンサルティングサービス分野における政府調達入札の開放。

3)非関税障壁の削減。ビジネス運営を阻害する隠れたコスト(不透明な費用支出など)の解消。

4)「知的財産権」や「デジタル・エコノミー」といった新たな課題への対応。

 

 この中で(1)については、外資規制が撤廃されることに期待しつつ、撤廃対象の分野では既に地場企業によって独占されている場合も多く、新規参入が容易ではないことも併せて指摘している。

 

<政府は3年以内の発効を期待>

 今後、TPP交渉参加国は発効に向けた国内批准の手続きを進めていく。国内手続きが難航するとみられる国もあるが、MTIは「シンガポールでは、内閣が承認すればTPPは批准される。法律の変更が必要な場合は、議会の承認が必要となる」とし、「可能であれば3年以内、またはより早い時期に、不必要に遅れることなくTPPが発効することを期待する」(「サンデー・タイムズ」紙1011日)との見通しを示した(注)。

 

(注)日本の内閣官房TPP政府対策本部が公表しているTPPの概要資料によると、発効については「第30.最終規定」に規定されている。(1)全ての原署名国が国内法上の手続きを完了した旨を書面により寄託者に通知した60日後、(2)(1)に従って2年以内に全ての原署名国が国内法上の手続きを完了しない場合、原署名国のGDPの合計の少なくとも85%を占める少なくとも6ヵ国が寄託者に通知した場合には本協定は上記2年の期間の経過60日後、(3)(1)または(2)に従って協定が発効しない場合には、原署名国のGDPの合計の少なくとも85%を占める少なくとも6ヵ国が寄託者に通知した日の60日後、に発効することになっている。

 

(小島英太郎、阿部直樹)

(シンガポール)

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