苦しい経済状況下でも多くの企業が賃金水準を維持-モスクワ労働市場セミナー(1)-

(ロシア)

モスクワ事務所

2015年07月15日

 2014年末の通貨ルーブルの大幅下落とそれに伴うインフレ高進により、給与改定を中心とする人事・労務政策の見直しは、在ロシア日系企業が直面する喫緊の課題の1つだ。ジェトロは6月24日、モスクワでロシアの労働市場の最新動向に関するセミナーを開催した。その内容を2回に分けて報告する。前編はモスクワにおける民間企業の給与動向について。

<基本給の想定昇給率は平均6.9%>

 ロシアの人事コンサルティング企業ケースのユリア・アリモワ労働市場部長は、モスクワの民間企業の給与動向について講演をした。

 

 ケースでは、20153月に給与、フリンジ・ベネフィット(注1)などに関する調査を実施した。調査には110社(ロシア企業54社、外資系企業56社)が参加し、対象とした給与データは25,716人分。

 

 20122015年の給与動向をみると、2014年は基本給で前年比7.7%、月給(注2)で6.5%の伸びがみられた。2015年は54%の企業において、給与引き上げが想定されており、基本給の昇給率は平均6.9%となっている(外資系企業の平均7.2%に対して、ロシア企業は6.3%)。外資系企業の95%が給与を改定する方針だ。他方、ロシア企業では67%が改定する意向を示している。

 

 役職別にみると、全ての役職において昇給となっている。トップマネジメントの基本給は前年比10.56%、月給では4.43%の伸びとなっている。基幹部門長(総務部長、財務部長、人事部長、営業部長など)は基本給で6.34%、月給で5.44%の伸びで、ミドルマネジメント(法務部長、顧客サービス部長、IT部長、経理主任など)は基本給で4.83%、月給で2.87%の伸びとなった。

 

 部門別スタッフの給与動向については表のとおり。経理主任はビジネス業種や部下の数で大きな差がある。セールスマネジャーは担当する地域の範囲によって異なり、業種、取扱製品、本人の経験、顧客の量・質、使用可能言語によっても左右される。また製造業では、ロシアが厳しい経済状況にあるにもかかわらず、人材不足が続いている。製造現場での仕事は若者に人気がなく、若年職能工が不足していることもあり、職能の高い人材の取り合いがロシア全土で発生している。

<約半数がフレックスタイム制を導入>

 給与に加え、フリンジ・ベネフィットは重要だ。モスクワにおいて、携帯電話通信料の補助は94%の企業で導入されており、1人当たりの月平均補助額は1,874ルーブル(約4,123円、1ルーブル=約2.2円)だった。そのほかに、任意医療保険(導入率79%、年間補助額26,390ルーブル)、物資支援(冠婚葬祭時など、78%)、社有車(66%、月補助額44,365ルーブル)、その他保険(59%)、フレックスタイム勤務(54%)、業務による私有車使用に対する補填(ほてん)(43%、5,212ルーブル)、食事補助(41%、3,258ルーブル)、病欠時の給与補填(37%)、スポーツ補助(31%、1,910ルーブル)などが挙げられる。

 

 母親向けにフレックスタイム制を導入している企業は51%と約半分に上っているが、顧客対応の必要のない職種が多く、製造業や営業職での適用は難しい。任意医療保険の補助率の高さが目立つが、最近3年間は変わっていない。他方、増加傾向にあるのは通勤用の移動手段の提供(24%)で、減少傾向にあるのはローン・クレジットの優遇(18%)だ。

 

99%がルーブル建て給与に>

 給与支払い通貨については、2005年にはルーブル建て44%、外貨建て50%だったが、リーマン・ショック後にルーブル建てが浸透し、2014年には99%の企業がルーブル建てで、ほとんどの企業が外国為替レートに連動しないかたちの給与制度を取っている。現在、外貨建てで給与を設定している企業は1%しかなく、うちドル建ては0.31%、ユーロ建ては0.15%。外貨建て給与を得ている従業員の9割は国外勤務者で、1割はトップマネジメントだ。

 

<製造業では人員拡大や欠員補充に積極的>

 ロシアの経済状況は厳しいが、リーマン・ショック後の2009年に発生したような大量解雇は発生しておらず、これからも起こることはないだろう。企業は市場変化に応じた自社戦略の範囲で対応している。

 

 人員体制については、「拡大」を計画している企業は23%、「縮小」を計画している企業は14%、「変更なし」31%、「未定」33%となっている。このうち、製造業では「拡大」が42%と、「縮小」の27%を上回っている。また、IT・通信業では「拡大」の27%に対して、「縮小」は9%で、全体的に人員を増加させる傾向にある。人員削減の対象となりやすい業種は、銀行、保険、建設、自動車、小売り、広告・旅行、ホテル・ケータリングサービスが挙げられる。

 

 他方で、需要が安定している職種は熟練ワーカー・エンジニア、ITスペシャリスト、セールスマネジャー、ビジネスアナリスト、製薬会社社員、物流スペシャリスト、危機対応経験があるマネジャーだ。

 

 私的都合による退職や定年退職者の欠員補充について、製造業では、非管理職で100%、管理職で80%、と高い割合で求人が行われている。一方、非製造業では、非管理職67%、管理職40%、と必ずしも欠員に応じて求人していない。トップマネジメントに至っては、欠員が発生して求人した企業はゼロだった。内部昇進でカバーしているようだ。

 

<政府は実質賃金の減少を予想>

 経済発展省の発表では、2015年の実質賃金は前年比9%減と予想されており、2009年の3.5%減より減少幅が大きい。これは国家公務員の給与が、予算縮小に伴って、大幅に削減されることによる。さらに2015年に入り、インフレ率が既に1617%に達しているため、実質賃金の減少が続いている。

 

(注1)従業員に対して、給与以外に提供される追加的な給付。

(注2)基本給に、残業代やその他金銭的補助を加えたもの(物質的補助は含まず)。

 

(齋藤寛)

(ロシア)

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