求職者が増加するも、依然困難な専門職の確保-モスクワ労働市場セミナー(2)-

(ロシア)

モスクワ事務所

2015年07月16日

 ロシアの労働市場は、経済危機の到来とともに新しい状況が生じている。求職者が増加する一方、ニーズの高い専門職は依然人手不足だ。ロシア労働市場の最新動向に関するセミナー報告の後編は、ロシアおよびモスクワの労働市場の変化について。

<転勤をいとわない労働者が増える>

 ロシアCISにおける大手人材紹介会社アンコールのアレクセイ・ゼレンツォフ副社長は、ロシア全土およびモスクワの労働市場の変化、特に求職者・被雇用者、雇用主が置かれている状況などについて、次のように解説した。

 

 現在のロシアの労働市場をめぐる環境には、以下の9つの傾向・課題がみられる。

 

1)企業はビジネスプロセスの最適化に注力している。

2)企業は従業員数を維持しており、解雇したり、求人したりする場合には慎重だ。採用面接の回数を増やしたり、最終判断を社長が行ったりする傾向がみられる。

3)企業は専門職人員の確保にも注力している。

4)労働移動の流動性が進展している。仕事のためなら転勤をいとわない人も増えており、他地域の人材も採用できるようになってきた。

5)企業の生産性は低く効率性向上への対応が必要。ロシアの伝統的な課題で、ある調査によると、ロシア企業の生産性は日本や米国に比べ4050%程度しかない。企業や政府は生産性向上プログラムを実施している。

6)製造業においては職能の高い若いワーカーの需要が高いものの、製造現場の仕事を好む若い人は少なく人気がない。

7)人口減。ロシア全体の人口問題として1990年代に生まれた労働者が少ない。

8)雇用主の要求の質的変化。同一の給与水準で雇用者が求める従業員の質が高くなったことにより、求職者との間で需給のミスマッチが発生している。

9)在宅・遠隔勤務者の増加。

 

<希望する条件を引き下げる求職者>

 モスクワの労働市場では、経済危機の到来とともに雇用主に有利な状況が生じている。リストラによる失業者が増加していることと、ボーナスの減少や給与支払い方法の変更など給与条件の悪化で、より良い条件のところに移りたいという求職者が増えているのだ。求職者は以前より柔軟になってきており、希望する給与より2030%低くても求人に応じるという状況になっている。一方、専門性が高く、また質の高い求職者を引き付けるのは難しくなっている。雇用主が抱え込み、労働市場に流出しないようにしているためだ。

 

 需要の高い専門職は、エンジニア、高度熟練技能者、高度専門技術者(製造業)、医療専門家、危機対応マネジャー、セールスマネジャー、ITスペシャリストだ。これらは以前と同様に需要は高い。特にハイテク分野の専門家は、他分野と比べ求められる専門性が高いこともあり、採用が難しい。

 

<モスクワでは職場の立地も重要>

 アンコールの調査によると、モスクワの求職者が重視する事項は、「給与」(79%)、「キャリアアップの機会」(51%)、「仕事内容」(42%)、「フリンジベネフィット(付加的給付)」(29%)、「専門性向上の機会(研修、インターン)」(27%)、「財務の健全性」(24%)、「良いイメージ」(23%)、「長期雇用保障」(22%)だった。他方、従業員が職場に残留する理由としては、「職場の雰囲気が良いこと」(45%)、「マネジャーの人柄」(24%)、「専門職としての認知」(17%)が挙げられた。

 

 モスクワにおける求職者に、オファーを断った理由についてアンケートしたところ、「給与の低さ」が一番高く74%を占めた。以下、「仕事内容」(44%)、「職場の立地」(35%)、「不当(違法)な給与」(34%)、「キャリアアップ機会の欠如」(28%)、「マネジャーの人柄」(25%)という順だった。モスクワは遠方からの通勤者が多く、「職場の立地」は重要なポイントになる。

 

 雇用主が抱える問題としては、欠員が生じても募集できない「構造的失業」問題が70%に達した。以下、「専門性の低さ」(59%)、「求める給与と専門性スキルとのギャップ」(55%)、「立地条件の悪さ」(28%)、他社の引き抜きに対する「カウンターオファー(引き止め工作)」(24%)、「性格(柔軟性・協調性など)の問題」(19%)、「Y世代問題(注)」(17%)、「マネジャーのスキル」(10%)などとなった。

 

 これらの問題を解決し、求職者を引き付ける方法として採用されているのは、「社内昇進の推薦」(外資系企業82%、ロシア系企業70%)、「潜在性のある人材に関するデータベースの充実」(46%、50%)、「ライバル企業からの引き抜き」(47%、45%)、「大学・専門学校との提携」(45%、42%)、「新卒採用者の研修プログラム」(42%、27%)だ。研修プログラムを実施している割合は、外資系企業がロシア企業の約1.5倍となっている。

 

<日系企業に魅力を感じる求職者>

 求職者に対して最近、日系企業のイメージに関してヒアリングを実施した。回答数の多かったのは、a.早い昇進は望めない、b.質とプロセスが最重要視されスピードは要求されない、c.各ビジネスプロセスが標準化および明確に特定されており、ガイドラインに従うことがイニシアチブを発揮するより重要、d.ロシア制裁に関わる可能性が欧米企業より低い、などだった。それ以外に、「安定している企業が多い」という回答もあり、「長期雇用が保障されるのであれば、社歌を歌ったり、体操をしてもよい」と考える求職者もいた。

 

(注)2327歳を中心とした、価値観の中心を仕事以外に置く世代(Y世代)には、例えば、仕事の期限が迫っていてもプライベートを重視し残業を断る傾向がみられる。若年者の方が最新技術の知識が豊富で、年長労働者の経験を尊重しない態度を取りがちで、コミュニケーションギャップが生じている。

 

(齋藤寛)

(ロシア)

ビジネス短信 0f0e90b27b2882a6