アトランタとその近郊で異なる本社機能-ドイツ自動車メーカー2社-
(米国)
アトランタ事務所
2015年06月04日
北米統括本部をニュージャージー州からジョージア州に移転すると2015年1月に発表していた北米メルセデス・ベンツは5月7日、スティーブ・キャノン社長兼最高経営責任者(CEO)がアトランタ市内で記者会見し、移転の背景や準備状況について語った。また、北米ポルシェはアトランタ国際空港に近接するフォードの工場跡地に地元政府などの支援を得て、空港の利点を生かした本社を複合施設として完成させた。アトランタ地域に本社を構えたドイツ自動車メーカー2社の長期的視点に立った北米戦略の最新の動きを報告する。
<メルセデス・ベンツ:生活環境を最重視>
ダウンタウンにあるアトランタ・プレスクラブに、多くの地元企業幹部やメディア関係者が集まった。北米メルセデス・ベンツのキャノン社長兼CEOは、アトランタの北部郊外にあるサンディ・スプリングス市を移転先に決めた理由として、(1)生活環境の良さ、(2)協力的なビジネスコミュニティー、(3)経済成長、の3点を挙げた。人口10万人に満たない同市には以前、ポルシェが北米本社を置いていた。
アトランタとその郊外には、ほかにも米国の国際物流会社UPS、プラスチック製品メーカーのニューウェル・ラバーメイド、ファストフードのアービーズ、菓子パンチェーンのシナボン、フライドチキンチェーンのポパイズ・ルイジアナ・キッチンなどの本社がある。
この地域はオフィスビルと共同住宅が緑に囲まれて立ち並び、世界一忙しい空港として有名なハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港へも約30キロと近く、空港と直結する鉄道も通っており、アトランタ市の交通の要衝に位置している。北米メルセデス・ベンツの本社のあったニュージャージー州での平均的な生活費が月額5,585ドル要するのに比べ、アトランタでは3,800ドルで済む、との民間の調査結果もある。このように生活と仕事とのバランスが取れた優れた環境が、何よりも人や企業を呼び寄せる吸引力となっている。
ジョージア州政府はメルセデス・ベンツを誘致するため、移転に関する税控除を5年間で1,730万ドル、さらに今後5年間の新規採用者に年間最大4,000ドルの所得税を控除するインセンティブを提供する。加えて、600万ドルの開発基金も用意し、総額で2,330万ドルに上るインセンティブをメルセデス・ベンツは手にする。しかし、キャノン氏は、50年先を見据えた決断に数年のインセンティブは大きなインパクトではないとし、インセンティブが決め手となったとの一部報道を否定するとも取れる発言をした。
立地条件もさることながら、既に多くの欧州およびアジアを中心とする外国自動車メーカーは生産および統括機能を、組合組織率が低く、雇用や生産・生活コストの安価な南部に新設または移転させている。土地、エネルギーコスト、税金などで約2割のコスト削減を実現し、2016年にはアラバマ工場の生産台数を30万台に引き上げるという目標の達成が今回の本社移転の真の狙いとみられる。
キャノン氏は「移転を発表した1月は約1,000人の従業員に大変心配をかけた上、一時は厳しい状況だった」と正直に語った。現在では約200人の従業員がニュージャージー州からアトランタに異動することが決まり、2017年までには300人分のオフィスを立ち上げ、コールセンターやIT担当の従業員は2018年中に遅れて勤務開始となる。既に1万人分の就職希望者の申請書を受け付け、最終的には500~600人を2016年までにアトランタで採用する計画だ。
競争相手のBMWは2012年からサウスカロライナ州のスパルタンバーグ工場に10億ドルを追加投資し、2016年には年間45万台を生産する目標を立てている。トヨタも2014年、北米統括機能をカリフォルニア州からテキサス州のダラス郊外に2017年までに段階的に移転すると発表している。2015年5月11日には、ボルボが米国では初となる生産施設をサウスカロライナ州南部のバークリー郡に新設することを発表し、2015年中に着工、2018年までに生産開始、2030年までに4,000人を雇用するとしている。メルセデス・ベンツにとって、南部のビジネス環境の優位性を取り込み、競争力を高めるためには、いま決断・実行するしかなかったようだ。
<ポルシェ:国際空港も活用するショーケース>
北米メルセデス・ベンツの記者会見と同日に、北米ポルシェはアトランタ国際空港近くの元フォードの工場跡地に新北米統括本部を開設した。開所式にはジョージア州知事やアトランタ市長も駆け付け、アトランタ市北部郊外に比べて遅れている南部地区の開発の起爆剤になると期待している。ポルシェの新本社は、地元政府から総額で1,400万ドルのインセンティブを受け、2013年に完成する予定だったが、ドライブコースと社屋の両方の工事のために完成が遅れていた。
新本社には、これまでサンディ・スプリングスに勤務していた従業員の99%に当たる300人が異動して勤務するが、今後450人まで従業員を増やす。また、28エーカー(約11万3,000平方メートル)の広大な敷地内には、300ドルでポルシェ「ボクスター」に試乗できる1.6マイル(約2.56キロ)・テストコースや、自動車のあらゆる性能を確かめることが可能なヘアピンカーブやオフロードコースも設けられている。さらに、1万3,000平方フィート(約1,200平方メートル)のイベント兼会議スペース、社内技術者研修所、レストラン、人材育成センター、クラシックカー展示場、運転シミュレーション施設、デザインスタジオなどが併設され、年間3万人の来場者を受け入れる複合施設となっている。
また、これとは別に30エーカー(約12万1,000平方メートル)の土地を確保し、近い将来は高級ホテルの建設など他のビジネス展開も検討している。社員の生活を重視し、郊外に本部を置いたメルセデス・ベンツと比べ、ポルシェの本社は顧客にも開放されるショーケースのような機能を持ち、対照的だ。しかし、勤務地の移転に当たって、従業員を引き留めるために最寄りの駅からシャトルを運行したり、フレキシブル勤務を設けたりするなど手厚い対応も怠らない。
ポルシェは、ドイツ国外では最大となる1億ドルに及ぶ投資を行い、アトランタ国際空港やデルタ航空とも連携し、地域開発の一役も担いつつ、最大市場である北米市場戦略をアトランタから発信することになる。同じ都市圏の南北に位置する本社から、異なる戦略を展開するポルシェ、メルセデス・ベンツ両社の今後の動向に注目したい。
(森則和)
(米国)
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