拡大する政府の社会保障負担、個人所得税を増税へ−2015年度予算案(2)−

(シンガポール)

シンガポール事務所

2015年03月27日

2015年度(2015年4月〜2016年3月)政府予算案を解説する連載の後編。予算案では、加速する高齢化を受け、老後の生活保障制度が大幅に拡充された。この社会保障費の拡大に加え、チャンギ空港など社会インフラへの投資により、歳出が今後拡大する見通しだ。このため、個人所得税の最高税率を引き上げるほか、政府投資ファンド(SWF)のテマセク・ホールディングスの投資活動からの収益の一般会計への繰り入れを拡大する。

<高齢者や低所得者への支援を強化>
2015年度政府予算案では、老後の生活保障制度が大幅に拡充された。リー・シェンロン首相が2013年8月18日の独立記念演説で、(1)経済発展の恩恵の公平な分配、(2)社会セーフティーネットの拡大、(3)公平な進学機会の保証と国民寄りの政策転換、を示して以降、社会保障制度の拡充を進めており、今回の政府予算もその路線に基づく社会保障制度の改革が盛り込まれている。

ターマン・シャンムガラトナム副首相兼財務相は2月の予算案発表で、同国の社会保障が、(1)持ち家制度(注1)、(2)雇用主と雇用する国民(永住権者含む)の双方が月給の一定額を積み上げる中央積立基金(CPF)、(3)メディシールド・ライフ(注2)などの医療補助、(4)低所得者〔月給1,900シンガポール・ドル(約16万5,300円、Sドル、1Sドル=約87円)以下〕の所得補填(ほてん)制度「ワークウェア所得補助(WIS)」、の4つを柱としていると指摘。今回の予算では、このうちCPF制度を改革して老後の生活資金の拡充を図るとともに、新たに低所得高齢者向けの所得補助「シルバー・サポート・スキーム」の導入を発表した。

まずCPFについては、CPF拠出の算出基準となる給与上限を2016年1月1日に、5,000Sドルから6,000Sドルへと引き上げるほか、51歳以上65歳以下の従業員へのCPF拠出率を引き上げる(表1参照)。また、シルバー・サポート・スキームは65歳以上の下位20%の低所得者を対象に四半期ごとに300〜750Sドルを支給するというもので、2016年第1四半期から開始する予定だ。同スキームの政府支出は初年度に約3億5,000万Sドルと見込まれており、上掲のWISを含め、低所得者の所得補助への政府支出は年間10億Sドルに上る見通しだ。

表12016年1月1日からの中央積立基金(CPF)の負担率とその内訳

また、高齢者や低所得者への支援だけでなく、中間所得者層の生活支援として、2015賦課年度の個人所得税について、50%払い戻しを実施する。シャンムガラトナム財務相は「(50%払い戻し額の)上限を1,000Sドルに設定することで、恩恵の大半を中間から上位中間所得層が享受できるようにした」と説明した。

<個人所得税の最高税率は22%に引き上げへ>
一方、高齢化に伴う社会保障費の拡大とインフラ整備により、歳出が今後拡大するのは確実だ。シャンムガラトナム財務相の見通しによると、政府の医療支出は2015年の約90億Sドルから、2020年には130億Sドル以上へと拡大する。また、鉄道を中心とした公共輸送網の整備に過去5年で140億Sドルが投入されたが、今後5年でさらに260億Sドルを支出する予定。さらに、チャンギ空港は拡張工事中の第4ターミナル(2017年開業予定)に加え、今後10〜15年で第5ターミナルの建設も計画しており、2015年度予算案ではチャンギ空港開発基金(CADF)に30億Sドルを拠出する。政府はこれら社会保障費とインフラへの投資拡大で、歳出規模が今後5年でGDP比約19.0〜19.5%に達すると見込んでいる。

今回の予算では、歳出増への対応策として、個人所得税率の最高税率を現行の20%から22%への引き上げが2017年賦課年度から実施されることが発表された。同国は累進課税を採用しており、上位5%の高所得者(年間課税所得が32万Sドル以上)が税率引き上げの対象となる。

<政府系投資ファンドの一般会計への繰り入れ拡大へ>
さらに、歳出拡大への対応策として、個人所得税の引き上げに加え、政府系投資ファンド(SWF)の投資収益の政府一般会計への繰り入れを拡大する方針だ。同国には政府の準備金を運用する機関として、財務省傘下の投資会社GIC(旧称:シンガポール政府投資公社)、同じく財務省傘下のテマセク・ホールディングスと、シンガポール通貨金融庁(MAS、中央銀行に相当)がある。2008年まではGIC、テマセクとMASが運用する準備金の配当金と金利収入からなる純投資収入(NII)の最大50%が政府一般会計に繰り入れられていた。それが、2009年1月施行の憲法改正により2009年度予算から、MASとGICが各政府会計年度に運用した準備金からのキャピタルゲインなどの長期実質利益見込み額の最大50%と、テマセクからのNIIを合算した純投資リターン(NIR)が一般会計に組み入れられるようになった。シャンムガラトナム財務相は今回の予算案で、GICとMASに加え、テマセクの投資活動からのキャピタルゲインの長期実質利益見込み額の最大50%も、NIRに組み込む方針を明らかにした。政府は2015年後半に、テマセクもNIRに組み入れるための憲法改正法案を提出し、2017年度予算からNIRへの組み入れを開始する方針だ。

NIRは2009年の70億Sドルから2014年には推定86億Sドルに増えており、一般会計への貢献度が年々高まっている。同財務相の発表によると、個人所得税の最高税率の引き上げと、テマセクのNIRへの組み入れによる今後5年の年間追加歳入は、GDP比で約1%に相当する。同財務相は「この追加歳入により、2020年までの追加歳出に十分対応できる」と強調した。

なお、2014年度の財政収支は約1億3,000万Sドルの赤字で、当初見込みの赤字額12億Sドル(GDP比0.3%)を大幅に下回る見通しとなった。また、2015年度の財政収支については、チャンギ空港開発基金に30億Sドルを投じるなど将来に向けた基盤整備に前倒しで支出することから、66億8,000万Sドル(GDP比1.7%)の赤字を見込んでいる(表2参照)。

表22014年度財政収支と2015年度財政収支見通し

(注1)政府は持ち家を奨励しており、公共住宅(HDBフラット)の購入に当たっては政府の補助金とCPFに積み立てた貯蓄で住宅ローンを組める。下位20%の低所得者の持ち家率は8割以上に上る。
(注2)メディシールド・ライフは人口の高齢化を受けて、2015年末までに導入予定の全国民に加入を義務付ける終身保険制度(2014年6月23日記事参照)

(本田智津絵)

(シンガポール)

将来の基盤づくりに4分野の支援策を拡充−2015年度予算案(1)−

ビジネス短信 550fb43493b48