中小企業のタイプラスワン戦略、課題は人材確保−バンコクでセミナー開催−

(カンボジア、タイ、ベトナム、ミャンマー、ラオス)

アジア大洋州課

2015年02月19日

人件費の高騰に投資奨励策の見直し、EUの一般特恵関税制度(GSP)適用の除外なども加わり、在タイ日系企業は周辺国への事業展開に関心を高めている。ジェトロが「タイプラスワン戦略」をテーマにバンコクで開催したセミナーでは、周辺国の有望性を確認しつつも、人材確保や国境通関手続きについての課題が指摘された。

<周辺国への分散投資は拡大の見込み>
ジェトロは1月29日にバンコクで、タイ進出日系企業の周辺国への事業展開「タイプラスワン戦略」をテーマとしたセミナーを開催した。セミナーの冒頭、ジェトロ・バンコク事務所の伊藤博敏主任調査研究員が「ASEAN経済共同体(AEC)の進展と在タイ日系企業のプラスワン戦略」をテーマに講演した。概要は以下のとおり。

AECについて、貿易自由化では先行加盟6ヵ国(タイ、マレーシア、インドネシア、シンガポール、フィリピン、ブルネイ)はASEAN域内の物品貿易について、既に99%を超える品目の関税を撤廃している。新規加盟国(ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー)でも、関税撤廃猶予対象品目(撤廃期限は2018年)と除外品目を除き、全品目の90%以上が2015年1月から関税が撤廃されている。

ただし、サービス自由化では、これまでのところAECのイニシアチブが各国の実質的な規制緩和には結び付いていない。ヒトの移動の自由化では、AECの下で、熟練労働者の移動の自由化が目標に掲げられるが、「査証および労働許可証の発給促進」を進めるための措置の運用は各国に委ねられている。単一の市場・生産基地の形成に向けた真の統合措置の実現は、2015年中に完了することは期待できず、2016年以降の中長期的な課題となるだろう。

タイプラスワン戦略については、2015年1月からの投資委員会(BOI)による投資奨励策の見直しやEUのGSP適用の除外は、今後の日本企業の対タイ投資戦略に影響を与えるものとみられる。輸出志向型や労働集約型の産業などを中心に、タイから周辺国へ分散投資を図る動きは今後ますます拡大するものと見込まれる。

続いて、メコン地域で物流サービスを提供するロジテム(タイランド)の杉山恵一社長が「タイプラスワンを可能とする物流事情」と題して、メコン地域における国境貿易の現状を説明した。国境であるメコン川を渡る橋の開通など越境物流インフラの整備は着実に進んでいるとして、杉山社長は、企業はメコン地域内で、点から点ではなく、面として事業展開していくことが期待されるとの見方を示した。

<生産立地として周辺国の将来性に期待>
次に、「中小企業のタイプラスワン戦略を考える」をテーマとして、タイ周辺国の投資環境などについて、専門家によるパネル討論を行った。モデレーターはジェトロ・バンコク事務所の田中一史次長が務め、パネリストとして、ジェトロの「中小企業海外展開現地支援プラットフォーム」(注1)のコーディネーターら、以下の6人が討論に参加した。

○パネリスト
タイ・コーディネーター:福田淳氏(アークエンタープライズ)
カンボジア・コーディネーター:田村陽一氏(KPMGカンボジア)
ミャンマー・コーディネーター:田附浩明氏(東京コンサルティングファーム)
ベトナム・コーディネーター:市川匡四郎氏(I.B.C ベトナム)
杉山恵一氏〔ロジテム(タイランド)社長〕
横尾浩一郎氏(中小企業庁経営支援部海外展開支援室長)

冒頭、田中次長がジェトロのアンケート結果を基に、在タイ日系企業の経営上の問題点として「人件費の上昇」を挙げた企業が最も多かったことを指摘し、タイプラスワン戦略はタイ進出日系企業の経営上の課題を解決できるか、との問題提起を行った。

これに対して各パネリストからは、タイ周辺国は生産立地として将来性は期待できるものの、特に人材面での課題が多いとの指摘が相次いだ。具体的なコメントは以下のとおり。

「カンボジアの人件費はタイの3分の1から4分の1であり、特に人件費の割合が高い企業では好影響が期待できる。一方で従業員の生産性も低下することから、こうした人材育成にどれだけ時間をかけられるか、タイにそうした教育ができるスタッフがどれだけそろっているかにより違いが出る」(田村氏)

「昨年、カンボジアの日系工場を視察する機会があったが、人材の問題で苦労していた。日本人やタイ人がマネジメントをしている。マネジャークラスの人員確保が課題といえる。今後、可能性はあるが、時間がかかる」(福田氏)

「インフラの未整備などからすぐに進出できる状況ではないとみる企業も多いが、労働力や土地には余裕があり、将来的な可能性は大きい。ただし、ミャンマーでも賃金は上昇しており、また、マネジャーレベルの人材不足は同様だ」(田附氏)

<改善がみられる「片荷問題」>
続いて田中次長は、「タイプラスワン戦略で物流コストや通関手続きはボトルネックになるか」と問い掛けた。これに対しては、手続きの簡素化などで改善がみられるものの、依然として課題は多い、とのコメントが目立った。具体的なコメントは以下のとおり。

「タイとミャンマー、ラオスとベトナムなど、それぞれの国境において通関手続きや貨物輸送のルールが違っており、なかなか変わらない。2015年1月にはデンサワン・ラオバオ国境(ラオス・ベトナム間)で輸出と輸入の貨物検査を1ヵ所で行う、シングルストップ検査が開始されるなど、改善がみられるものの、域内に浸透していくにはまだ時間がかかるだろう」(杉山社長)

「ミャンマーの陸路は未整備で揺れによる貨物へのダメージが問題になる。しかし、海路よりは時間を大きく圧縮できる。将来は期待できる」(田附氏)

「カンボジアの物流コストは高い。その理由は絶対的な量が少ないこと、『カムコントロール』(注2)によってチェックが二重になっていること、の2つが挙げられる。物流量は増えているので、物流コストの平均単価は下がっている。また、カムコントロールについても官民対話などで政府に改善を要求し、(コストは)じわじわ下がってきている」(田村氏)

一方、輸送コストに直結する輸出入バランスの問題、いわゆる「片荷問題」は改善がみられるという。市川氏は「タイとベトナム間の陸路輸送には通関の問題のほかに、片荷の問題があったが、最近は改善されてきたようだ。これまでベトナムから入ってくる貨物が少なく、空荷が生じ、コストが下がらなかったが、最近はハノイから電子部品などがタイに輸出されるようになり、状況は改善している」と述べた。

<早めの参入で先行者メリットを>
パネル討論の最後のトピックスとして、タイ周辺国の消費市場としての見通しについて議論が行われた。規模に限界はあるものの、市場は拡大しており、早めに市場に参入することで先行者メリットを狙える可能性があるとの見方が示された。

「カンボジアは人口1,500万人と限られた市場だが、賃金は上昇しており、消費市場にはプラス。しかし、市場はすぐに飽和してしまうため、早めに進出する必要がある」と田村氏。田附氏は「外資系企業の参入は限られており、早めに出ることでマーケットを獲得できる可能性がある」と述べた。また市川氏は注目すべき動きとして、消費者のタイ製品への評価が高まっていることを指摘し、「ベトナムではタイ製品を再評価する動きが出てきている。これまで中国製品が主流だったが、タイ製品が好まれるようになってきている」と話した。

在タイ日系企業の間で周辺国を含めた事業再編への関心が高まる中で、中小企業庁の横尾室長は「海外進出から5年、10年経過して事業を再編する時期に来ている企業も多い。そうした再編を円滑に進める上でもプラットフォームの専門家が大いに役立つ」として、「中小企業海外展開現地支援プラットフォーム」の積極的な活用を呼び掛けた。

(注1)ジェトロでは、中小企業のビジネス展開意欲が旺盛なアジアを中心とした国・地域(12ヵ国17ヵ所)に、現地支援プラットフォームを設置している。各プラットフォームにはプラットフォーム・コーディネーターを配置し、国内から海外への進出支援および既進出日系企業の操業・ビジネス環境改善の支援を行っている。具体的には、各種情報提供、個別相談への対応を行い、より専門性を必要とする場合には、法務・労務事務所などの専門家を紹介するほか、大使館、国際協力機構(JICA)、商工会議所など現地の機関・企業と連携し、円滑な操業支援を行う。このほか、ビジネスパートナーの紹介・取り次ぎなど、各種サービスを一元的に提供している。詳細はジェトロウェブサイト「中小企業海外展開現地支援プラットフォーム」を参照。
(注2)カンボジアでは輸入の際、税関の貨物検査とは別に、「カムコントロール」と呼ばれる商業省傘下機関による貨物検査が求められる。

(若松勇)

(タイ・カンボジア・ラオス・ミャンマー・ベトナム)

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