FTA/EPAの活用は輸出競争力の強化に寄与−「東アジアの経済統合」をテーマにシンポジウム開催(3)−

(ASEAN、インド)

ニューデリー事務所・バンコク事務所

2014年11月28日

東アジアの経済統合をテーマとするシンポジウムで、空調機器を現地製造するダイキン工業のインド法人は、自由貿易協定(FTA)を活用した輸出拡大のビジネスモデルを紹介。東南アジアとの連携強化が、生産基地としてのインドの競争力強化に寄与している実例を示した。日産の現地法人も、地域全体の中でインドを生産・輸出と研究開発(R&D)のハブと位置付け、完成車・部品双方での世界有数の輸出実績を紹介した。シンポジウムを通じて、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)をはじめとする経済連携が、インド製造業の発展に極めて重要であり、不可欠な枠組みだとあらためて認識されたようだ。シンポジウム報告の最終回。

<非関税措置の削減と貿易円滑化措置がカギ>
パネルディスカッションの第2セッションは、「地域貿易協定とインドの輸出競争力拡大のための施策」をテーマに、現地に進出している日系企業2社(ダイキン、日産)、地場企業、研究機関の代表者が参加。それぞれの立場から、現状におけるインドのFTAの活用状況や運用面での課題、今後の地域経済連携協定への期待などについて説明した。

インド開発途上国研究情報システムセンター(RIS)のプラビール・デ教授は、2015年中の妥結を目指すRCEP交渉のカギを握るインドとASEAN間の貿易関係に焦点を当て、貿易拡大の阻害要因などを分析した。デ教授によると、ASEANインドFTA(AIFTA)により、両国・地域間では4,000品目(品目総数の80%、貿易総額の75%)が関税撤廃の対象となっており、このうち2013年末までに3,200品目の関税が相互に撤廃されている(一部の国を除く)。しかし、「関税削減が着実に進展する一方、非関税措置撤廃、貿易円滑化などの分野では取り組みが遅れている」という。

インドの輸出拡大の阻害要因として、ASEAN側の非関税措置が数多く報告されているとした。特にインドが輸出競争力を有する医薬品分野などで、貿易の技術的障壁(TBT、ラベリング、成分検査など)などの措置が、輸出拡大の阻害要因になっているという。また、貿易円滑化措置としては、「インド側、ASEAN側双方の課題として、通関業務などに係る認定事業者(AEO)制度の相互認証などが進んでいないほか、国境貿易に関する煩雑な手続き、脆弱(ぜいじゃく)な道路インフラ、自動車の越境制限、厳格なビザ発給制度なども課題として残されている」と指摘した。

デ教授はまた、「生産ネットワークの最適化を支援するためのロジスティクス開発は、ハードインフラ面でのコネクティビティー(連結性)と、ソフト面での貿易円滑化措置の両輪で進める必要がある」と述べ、このうち、ハードインフラ開発の推進につながる政府の取り組みとして、2014年11月のASEAN・インド首脳会議でモディ首相が打ち出した、「プロジェクトファイナンスと実施を進めるための特別目的会社(SPV)の設立」という構想を紹介した。東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)の調査では、タミル・ナドゥ州チェンナイからダウェー(ミャンマー)、そして陸路で南シナ海まで抜けるルートの経済効果の大きさが示されており、このような開発を進めるツールになり得るという。さらにソフトインフラ改善に向けた課題として、(1)ASEANとインドのトランジット輸送に関する協定の締結、(2)ASEANとインドの貿易円滑化イニシアチブの推進、(3)国境通関手続きの統一化、(4)通関手続き書類の簡素化、(5)調整メカニズムの強化および制度構築に係る協定締結、の5点を挙げた。

<FTAを活用した輸出拡大のビジネスモデルを紹介>
日本企業専用工業団地(ラジャスタン州ニムラナ)に入居するダイキン・エアコンディショニング・インドのディベンダル・シャルマ調達部長は、FTAを通じた東南アジアとの経済統合の推進は、部材輸入の関税削減を通じ、インドの生産基地としての競争力強化に大きく寄与していると説明。「完成品の輸入、輸入部品による現地生産、部品の現地調達率の向上、完成品の輸出という一連のプロセスで当社は順調に規模が拡大できている。輸入販売のビジネスモデルから現地生産・輸出型ビジネスモデルへの転換を容易にしたという点で、周辺国とのFTAや経済連携協定(EPA)が果たしてきた役割は大きい」と述べた。

また同社の経験に基づくメッセージとして、(1)FTA、経済貿易緊密化協定(CEPA)などのEPAはインドの消費者に多くの恩典を提供する、(2)RCEPは長期的視野でインドの製造拠点としての競争力を高める効果をもたらす、(3)インドは製造・輸出ハブとしてのポテンシャルが高く、理想的な投資先である、(4)今後の課題は、製造における多くのムダ(道路・港湾・電力インフラの欠如による非効率性の改善、複雑な間接税、労働法への対応)をいかに排除できるかに集約される、という4点を紹介した。

日産モーター・インディアの前橋秀輝ゼネラルマネジャー(経営企画)は、105ヵ国(欧州、中東、アフリカ、アジア、南米、オセアニア)向けの完成車輸出実績に加え、部材の供給基地として15ヵ国・24ヵ所の工場に1,800点ものパーツをインドから供給している実績を紹介。インドは日産の世界のオペレーションの中で4位の規模を誇る輸出実績を有し、部品供給拠点として主要なサプライチェーンの一角を成していると説明した。

同氏はまた、「インド国内のマーケットは投資に値する規模を有しているだけではなく、インドからの輸出を戦略に加えることで設備の稼働率を高めることができる。既にルノー・日産のアライアンスはインドに製造・輸出・R&Dのハブを設けることで大きなシナジー効果を実現させている」と述べた。他方、自動車業界の一層の輸出促進を図っていくには、税制改革やFTAの推進など多くのスピーカーが言及した課題に加え、既存の輸出促進のための税還付スキーム(Duty Drawback)の手続き簡素化などが必須だと強調した。

第2セッションの様子

<新しい局面に臨むインド製造業>
最終の第3セッションに、ディーパック商工省商務局次官補とともに登壇した経済産業省の坂本敏幸交渉官は、前セッションで紹介されたダイキンのビジネスモデルに言及し、「FTAを活用して部材を輸入し、中東や周辺諸国への完成品の輸出を拡大している構造が示された。同じことは自動車産業でも起きている。FTAの締結により2国間で輸入がどう増えたかという側面にのみ着目すると、不適切な結論を導いてしまう可能性がある。むしろインドから中東などの地域への輸出拡大のための手段としてFTAネットワークを活用するという観点を持つことが重要」として、FTAを通じた輸入拡大に反発する傾向が強いインド産業界に、発想の転換を促した。

ディーパック次官補はRCEP交渉の重要性とその喫緊性について、自身が交渉に携わる立場から、「既存のASEAN+1 FTAをベースに枠組みを構築することが必要。他方、発展段階に応じた救済措置についても議論がされているが、潜在的な勝者に利益がもたらされる構造ではなく、ギブ・アンド・テークのバランスの取れた関係を構築すべき。それは消費財市場のみを開放するのではなく、同時にサービス部門の自由化を進めることも意味する」との立場を示した。坂本交渉官は「本日の議論を聞いて、予想していた以上に、全てのパネルでインドにとってRCEPが必要なものという意見が聞かれた。これは交渉担当者として非常に励みになる。今後もより積極的で前向きな姿勢で交渉を後押ししてほしい。日本の投資家は、インドが地域経済統合の動きにどのように反応するかということをよく見ている。また、製造業とサービス産業は密接不可分な関係にある。「メーク・イン・インディア」を進めるためには、既にインドには、IT産業など非常に競争力を持つサービス産業分野があり、これらを活用する視点も重要」と説明した。

モデレーターを務めたボストン・コンサルティング・グループ・インドのアリンダム・バッタチャルヤ社長は、全体のセッションを通じて、RCEPは1つの大きな挑戦だがRCEPへの参加はインド製造業の発展に極めて重要な枠組みであり、不可欠であることが確認できたとした。同時に、交渉においては短期的な産業界へのインパクトと、長期的なインドの競争力強化とのバランスを取る必要があるとの共通見解が出されたことも確認し、地域経済統合の恩恵を受けるためにも、基礎インフラ整備やビジネスニーズに即した制度改革の取り組みを加速する必要があるとの問題意識が共有できたと、締めくくった。

なお、RCEP交渉の第6回会合はインドがホスト国となり、12月1〜5日に開催される予定となっている。

第3セッションの様子

ビジネス短信 5474230a74748