外国人建設労働者の10%以上を熟練労働者に−人材省が2017年から義務付け−

(シンガポール)

シンガポール事務所

2014年11月11日

人材省は2017年1月から建設会社に対し、雇用する外国人労働者について10%以上を、高技能の熟練労働者とすることを義務付ける。シンガポールは労働生産性の向上による経済成長モデルへの転換を進めており、労働生産性が最も伸び悩む建設業界の労働者の質を向上させるため新たな規制を導入する。

<熟練労働者の雇用義務は2015年から段階的に導入>
ターマン・シャンムガラトナム副首相兼財務相は10月30日、建設会社に対し、雇用する外国人のワーク・パミット(WP)保持者の10%を高技能の熟練建設労働者(R1)とすることを義務付けると発表した。新たなR1の採用義務は段階的に適用され、2015年末までに各建設会社が雇用する外国人労働者の5%をR1とし、2016年末までにさらに5%をR1とする。2017年1月からはR1が10%以上となる。

人材省(MOM)は、管理・専門職種の外国人に「エンプロイメント・パス(EP)」、中技能向けに「Sパス」、建設労働者や工場労働者など低技能向けに「WP」と、外国人の技能や学歴、就労経験、賃金に応じて異なる種類の就労許可証を発給している。2014年6月末時点で外国人のWP保持者は98万800人で、このうち建設業界で働くWP保持者は32万1,200人と最大の割合を占める。MOMによると、建設業界のWP保持者のうち、熟練労働者であるR1の資格に相当する労働者は全体の約15%を占める。しかし、建設会社によって雇用している熟練労働者の割合は大きく異なるという。

<新制度で国内就労経験なくとも資格を取得>
建設業界で働く非熟練のWP保持者(R2)が、R1の資格を得るにはこれまで、3つの方法があった(表参照)。第1は、シンガポールで4年間、建設業界で働いた経験を持ち、建設庁(BCA)が認定する技術試験に合格する方法(CoreTradeスキーム、詳細はBCAのウェブサイト参照)。第2は、BCAが認定する2つ以上の技術試験に合格し、4年以上の同国建設業界での就労した経験者(マルチ技術スキーム、詳細はBCAのウェブサイト参照)。第3は、2014年8月から導入された業界技術認定フレームワーク(MBF)で、国内建設業界での就労経験が6年以上あり、月給が1,600シンガポール・ドル(約14万2,400円、Sドル、1Sドル=約89円)以上の労働者。

これらに加え、2015年9月1日から新たにR1資格を得る方法として、国内での就労経験がなくても、BCAが認定する技術試験に合格し、月給1,600Sドル以上であればR1資格を直接得ることができる「R1ダイレクト認定制度」を導入する。

熟練労働者(R1)取得方法と条件

また、技術と経験を持った労働者を引き留めておくため、2015年6月1日からは外国人建設労働者がWPの更新時期を迎えた場合、いったん帰国しなくてもWPを更新できるようにする。シャンムガラトナム副首相は発表で、「外国人建設労働者の技術を向上させ、多くの熟練労働者の雇用を維持することで、建設会社は外国人雇用税(注)の負担を減らし、競争力を維持できる」と指摘した。

<落ち込む建設業界の労働生産性>
シンガポールは2010年以降、労働生産性を向上させ、国民の実質所得を引き上げるという新たな経済成長モデルへの転換を進めている。官民合同の経済戦略委員会(ESC)は2010年2月、向こう10年の労働生産性の上昇率を年率2〜3%と、過去10年の平均年率1%から引き上げる目標を設定。ESCは、労働生産性の向上を通じて国民の実質所得を引き上げるという成長モデルの転換を促すためにも、労働生産性が落ち込む要因となっていた外国人労働者への依存を抑制することを提言し、政府がこれを受け入れていた(2014年9月8日記事参照)。このため、MOMは2010年以降、外国人労働者の就労許可証の発給条件を段階的に厳格化するとともに、WPとSパスについては1社当たりの採用できる外国人の雇用限度率を段階的に引き下げ、雇用主が負担する外国人雇用税を引き上げている。

しかし、同国の労働生産性は伸び悩んでいる。労働生産性は2013年下半期に前年同期比0.8%上昇したが、2014年上半期には0.3%減と落ち込んだ。特に建設分野の労働生産性は、2014年第1四半期に0.7%減、第2四半期には2.0%減と落ち込んでいる(図参照)。

シンガポールの分野別労働生産性の推移〔前年(同期)比〕

<外国人雇用抑制策のさらなる強化は当面なし>
外国人労働者は外国人の雇用抑制策が強化される中でも増加しているが、その伸び率は鈍化している。外国人労働者は2013年12月末時点で132万1,600人と前年比4.2%増加したが、2014年6月末時点では3.1%増の133万6,700人だった。外国人労働者の増加はこれまで、国内のインフラ工事の活発化に伴って主に建設労働者が牽引していた。しかし、建設労働者は2013年12月末の8.7%増から、2014年6月末には4.8%増と伸びが縮小傾向にある。シャンムガラトナム副首相は「外国人労働者の伸びを管理するという戦略の成果がみえ始めている。2014年に入って伸びは軟化し、持続可能な水準に落ち着いた」と指摘し、「当面、外国人雇用枠の上限を引き下げるといった、外国人雇用抑制策の強化はしない」との方針を示した。

しかし、これまでの外国人雇用抑制策により、シンガポールの失業率は2014年9月末月時点の速報値で1.9%とほぼ完全雇用状態にあり、雇用市場は極めてタイトな状況が続いている。 シンガポール通貨金融庁(MAS、中央銀行に相当)は10月28日に発表したマクロ経済報告の中で、「労働生産性は短期的には周期的な回復が見込めないことから、引き続き伸び悩むと予想される。また、特に建設とサービス分野では、企業が外国人労働者への依存を減らすには時間がかかる」との見通しを示した。また、シャンムガラトナム副首相は「高い労働生産性に基づく経済モデルへの転換はシンガポールにとって必須だ。雇用市場は確かにタイトだが、経済の競争力を維持し、国民の所得を引き続き引き上げていくには、この経済モデルの転換を実現させなくてはいけない」と強調した。

(注)建設会社が負担する外国人のWP保持者の外国人雇用税は2014年11月現在、1人当たり300〜950Sドル。外国人雇用税は、非熟練労働者が熟練労働者よりも高く設定されている。また外国人雇用税は2015年7月1日に、300〜1,050Sドルへと引き上げられる。詳細は人材省のウェブサイトを参照。

(本田智津絵)

(シンガポール)

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