地場産業界は他国に劣る競争環境の整備を訴え−アジア地域経済統合の進展とインド(4)−

(ASEAN、インド)

バンコク事務所・チェンナイ事務所

2014年10月06日

インドの地場産業界や企業の間では、自由貿易協定(FTA)の推進が輸入超過を招き、国内産業の淘汰(とうた)につながるとの見方が根強い。自動車やエレクトロニクスなどの主要業界でも、近年のASEANとの自由貿易の進展に対して、歓迎するよりもむしろ否定的な見方が浸透している。また、中国製品の流入に対する警戒心はひときわ強く、国内産業界の強硬な姿勢が、今後の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉の進展に与える影響も懸念される。政府は国内関税構造改革や輸出促進スキームの拡充などの対策を急ピッチで進める必要がある。シリーズの最終回。

<政府内でも見解に相違>
7月16日の現地主要紙「インディアン・エクスプレス」は、FTAが国内産業に与える影響について、政府・商工省内でも見解の相違があることを報じている。同紙によると、インド工業連盟(CII)の全国代表委員会(7月15日、デリー)に出席したラジーブ・カー商務次官は、FTAの進展が国内産業に与える影響について、詳細な分析を行っていることを紹介。同委員会の冒頭スピーチで「インドの主要FTAパートナーにとって、インド向けの輸出におけるFTA活用率は日本が22%、ASEANが17%、韓国が25%と、いずれもそれほど高くない。国内産業界が懸念するほどの影響はないだろう」と説明し、通商政策への産業界の理解を求めた。

これに対して、アミタブ・カント商工省工業次官は同委員会で、「FTAは国内産業に明らかな影響を与えている。通商交渉はこれらの影響を考慮し、慎重に進めるべき。FTAは一度締結したら元には戻せない。その中で、われわれは常に産業界にとって最善の解決策を模索している」として、商務次官の発言に異を唱えた。またカント工業次官は併せて、FTAの推進によって、国内産業の競争力を低下させる関税体系の逆転構造(ユニット部品や完成品の関税が下がり、部材関税により高い関税が課せられる状態)が生じている状況に対し、「警鐘を鳴らした」と報じられている。

インド国内では、2003年のインド・タイFTA枠組み協定の締結と同協定に伴う先行関税引き下げ措置の発効を契機に、「政府が国内産業と十分な事前協議を行わずにFTAに踏み切った」として、主要業界団体や企業から大きな反発が起こった経緯がある。その教訓から、政府はその後のFTA交渉ではスタンスを改め、交渉の前段階での国内産業界との意見調整を重視している。上述のカント工業次官のコメントは、FTAに根強い反発を示す国内主要産業界の声を代弁したものといえる。政府内での意見対立が顕著に示すとおり、政府の対東アジアFTA戦略は近年、東アジア経済圏への一体化を目指す通商政策の基本方針と、国内産業界との調整プロセスの中で、難しいかじ取りが続いているのが実態だ。

<RCEPを警戒する産業界>
インド電子産業協会(ELCINA)のラジュー・ゴヤル事務局長は「2000年代以降、産業構造改革が不十分な状況のまま、東アジア主要国・地域とのFTAが相次いで発効したことにより、インド地場の電気・電子産業は甚大なダメージを受けた。タイとのFTA枠組み協定による完成品関税の引き下げや、情報技術協定(ITA)による電子製品の関税撤廃を通じ、インドに製造拠点を持つインセンティブが喪失し、他国に生産がシフトした苦い経験がある」として、ASEANをはじめとする東アジア地域とのFTAに否定的な立場を示す。また、RCEPを含む今後の通商交渉の在り方についても「中国が含まれる枠組みに対する地場メーカーの抵抗は強い。既に発効済みのFTAによる影響を考慮すれば、当協会はRCEPの推進に反対する立場を取らざるを得ない」としている。

地場産業の中で相対的に輸出競争力が高いとされる自動車部品産業界でも、東アジア地域とのFTAに対しては慎重な意見が目立つ。インド自動車部品工業会(ACMA)南部支部のアルビンド・バラジ会長(ルーカス−TVS社長)は、「自動車産業界では、日系メーカーを中心に系列間での調達関係が出来上がっており、インドの地場サプライヤーが食い込むことは極めて難しい。一方、在インドの自動車メーカーや1次下請けメーカーは、日系企業間の取引を中心に、日本やASEANのグループ企業から少なからず部材を調達している。そのため、ASEANや日本との間で発効しているFTAは、いずれもインド側の輸入超過を招いている」と指摘する。

地場大手自動車部品メーカーとして、日本企業とも10社以上の合弁・提携関係を有するジェイビーエム(JBM)グループを率いるS・K・アルヤ会長も「16ヵ国によるFTA(RCEP)はインドにとって輸入の拡大作用をもたらす。国内で調達できない原材料や製造していない部品が調達しやすくなることは歓迎だが、自動車部品産業全体をみれば輸入拡大によるダメージの方が大きいだろう。交渉の推進を歓迎する立場にはない」との見方を示す。

<輸出競争力強化の施策も重要>
RCEP交渉に臨む政府に対し、地場業界が求めるのは、中国やASEANと同一条件で対峙(たいじ)できる国内競争環境の整備だ。「現段階では、FTAによる関税削減に立ち向かう国内の競争条件が整っていない。既に生じている関税の逆転構造の問題に加え、物流コスト、停電などのインフラ対応コスト、資金借り入れコスト(金利13〜14%)などの負担が国内メーカーの競争条件を悪化させている。競争条件が整わない限り、政府はFTAを安易に進めるべきではない」(ACMAのアミット・ムカジー副事務局長)との立場だ。

前出のELCINAのラジュー・ゴヤル事務局長は、地場電子産業の国際競争力強化に向けた重点施策として、2012年10月に導入された国家電子産業政策の一環である、改定版特別奨励パッケージスキーム(MSIPs)と電子製造業クラスタースキーム(EMS)を挙げる。いずれも事業者向けの設備投資補助、税制恩典付与などを通じ、輸出拡大に寄与する投資を促す取り組みだが、同氏は、両スキームを通じた日本からの投資拡大にとりわけ高い期待を寄せる。同氏は、「日本企業による電子産業への投資は、これまで最終工程のブランド製造が中心であり、コア部品や原材料製造への投資はほとんど行われていない。産業の輸出競争力を強化するために、日本企業は最良のパートナーだ。日本企業専用の工業団地の整備など、日本企業の誘致にターゲットを絞った各種の支援策を実施していく必要がある」としている。

インド地場産業界がRCEPの前提条件として求める国内関税構造改革や輸出促進スキームの拡充は、日本企業にとってもインド投資を本格化させるインセンティブに直結する。8月30日〜9月3日に訪日したモディ首相は、「メーク・イン・インディア」をキーワードに、インドを世界市場を見据えた製造・輸出ハブに発展させるための国内制度改革やインフラ推進を急ピッチで進めることを約束している。インド産業界に発想の転換を促し、RCEPを脅威ではなくビジネスチャンスと認識させるためには、インド側がパートナーと期待する日本企業が牽引役となり、製造・輸出拠点としてインドを活用するビジネスモデルを創出していくことがカギとなりそうだ。

(伊藤博敏、前田雄太)

(ASEAN・インド)

多国間・2国間の枠組みで関税削減が進展−アジア地域経済統合の進展とインド(1)−
FTAの活用でコスト削減を図る進出日系企業−アジア地域経済統合の進展とインド(2)−
RCEPに部材調達や輸出の幅を広げる効果を期待−アジア地域経済統合の進展とインド(3)−

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