長期就労査証制度は頻繁に変更−アジア主要国の就労許可・査証制度比較(16)−

(オーストラリア)

シドニー事務所

2014年10月01日

オーストラリアは他国に比べて政治・経済情勢により移民政策や法改正が頻繁に実施される国であり、常に最新情報を入手することが必要とされている。日本企業のオーストラリアビジネス展開において重要な駐在員派遣目的の長期就労査証(457ビザ)の仕組みについて解説する。

<現地日系企業の13.8%は査証発行制限を問題視>
オーストラリアの就労に係る査証の考え方については、「原則、オーストラリア労働市場における人材を活用し、国内において見つけることができない人材を国外から採用する」という原則に基づいて、国内人材で対応ができない場合に限り、査証が承認される。

これは一般的に移民国家といわれるオーストラリアの移民政策の考え方が、経済に貢献する熟練者の移住と、オーストラリアに在住する配偶者や家族との絆や価値、重要性を認識し、生活を共にするための家族移住の2つに分けられることによるものだ。このため、オーストラリア国内での労働需要については、自国内の労働力で賄うことを最優先とし、それが困難な場合に就労査証が承認される。また、オーストラリアは他国に比較してもその政治・経済情勢により移民政策や法改正がかなり頻繁に実施される国であり、常に最新情報を入手する必要がある。

ジェトロが2013年10〜11月に実施した「在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査(2013年度)」で、オーストラリアに進出した日系企業の約13.8%が雇用・労働面での課題として「日本人出向役職員(駐在員)への査証発行制限」を挙げており、複雑かつ頻繁に改正される査証の仕組みが当地でビジネスを行う日系企業にとって実際の課題となっている。

<457ビザは設立登記前でも申請が可能>
オーストラリアでは、3ヵ月を超えて仕事に従事するためには、一般にオーストラリア企業または海外の企業による保証(スポンサー)を前提とした長期就労査証(457ビザ)が必要となる。日系企業の駐在員をはじめ、オーストラリア現地にある地場企業での就労も全てこの査証が必要となっている。457ビザは、(1)スポンサーシップ、(2)ノミネーション、(3)査証申請、と3つの審査ステップで構成され、順番どおりに3つの過程が終了して初めて457ビザが発行される。

(1)スポンサーシップ(Standard Business Sponsorship:SBS)
スポンサーシップでは、雇用契約書の発行や賃金の支払いを行う主体をスポンサーとし、オーストラリアの就労査証上「企業(法人)」がスポンサーとなる。スポンサーシップの申請要件は、a.公平な現地採用(現地の労働者を最優先で雇用すること)やビジネス経歴・財務履歴といった事業の安定性、b.過去3年間における税務や労働法などにおける違反の有無といったコンプライアンス、c.オーストラリア現地企業として現地従業員に対する適切な雇用条件や研修費用の支出がなされていることが要件となる。

オーストラリアにおけるスポンサーシップ申請は2通りあり、既にオーストラリアに進出している企業の場合(BIA:Business Operating in Australia)では現地法人がスポンサーとなることが一般的で、M&Aの場合にも既存企業が存在することから、既存企業がスポンサーとなる。ただし、進出済みの現地法人であっても商取引開始後12ヵ月未満の場合には、スポンサーシップ有効期限や発行される査証の有効期限は1年間となる。

また、現地でのビジネスを運営する前のビジネスプランの段階で457ビザを申請することも可能だ。これは、「Business only operating outside of Australia(BOA)」と呼ばれ、初めて進出する企業がオーストラリアにおけるビジネスを迅速に進めるために会社登記前でも申請することを認めているものだ。例えば、日本企業であれば、日本側本社がスポンサーとなり、現地法人設立後は当該現地法人がスポンサーとなる。ただし、日本の本社のスポンサーシップ有効期限は、1年もしくはスポンサーシップ申請時に申告するスポンサー人数(本社がスポンサーシップを提供する人数)の上限に達した時点となる。

なお、オーストラリア企業との契約義務遂行や、それを支援する必要がある際にBOAとしての申請が可能となっている。例えば、日系企業がオーストラリア企業との間に何らかの商品やサービス提供の契約が存在し、オーストラリア国内でその業務遂行目的に勤務が必要な場合、日系企業はオーストラリア企業との契約書を軸に勤務者に対するスポンサーシップの申請が可能だ。日系企業のオーストラリア企業とのビジネス状況によっては長期的な、あるいは詳細なビジネスプランを作成するよりも簡単にスポンサーシップ申請が可能となる方法でもある。また、日系企業のように「国外」で12ヵ月以上運営し実績のある企業は、オーストラリア国内でのビジネス運営が12ヵ月未満であっても、スポンサーシップは従来どおり3年(原則は12ヵ月未満は1年、12ヵ月以上は3年)となり、査証の期限は最長4年で延長も可能となっている。

(2)ノミネーション
ノミネーションとはどんな「職業ポジション」を海外から派遣するかを提示する職務審査を指す。457ビザ発行の前提は「オーストラリア国内では見つけることができない役職を国外から派遣する」こととなっているため、オーストラリアでは、国外から受け入れが可能な職業ポジション(CSOL)が規定されている。

ノミネーション申請要件は、a.TSMIT(Temporary Skilled Migration Income Threshold)という基準を上回る年間基本給設定〔最低額は5万3,900オーストラリア・ドル(約523万円、豪ドル、1豪ドル=約97円)、2014年1月時点〕および当該金額の妥当性の説明、b.オーストラリア国内から人材を獲得できない理由や調査結果の提示といった労働市場テスト、c.IELTS(International English Language Testing System)テスト結果(各セクション5.0以上必須)の提示といった語学要件が課されている。なお、語学要件については年間給与が9万6,400豪ドル以上の場合は免除される。

ノミネーションの有効期間は12ヵ月であり、許可後12ヵ月以内に査証の申請が必要となる。

(3)査証申請
スポンサーシップ、ノミネーションが許可されて初めて査証審査が実施される。査証申請ではノミネーションで提示された職務相当の経験やスキルを有しているかが審査ポイントとなる。

査証の申請要件としてはa.職務担当の経験やスキル、b.ノミネーション審査時の英語要件(ただし、カナダ、ニュージーランド、米国、英国、アイルランド国籍、年間給与額9万6,400豪ドル以上、中・高等学校・大学において英語による授業を5年以上就学継続した者を除く)、c.家族を含む健康や人物審査がある。

前労働党政権時代の2013年7月、労働市場を考慮し、現地雇用を守るという観点から457ビザの発行要件について、(1)英語力の必須条件化、(2)申請料の大幅値上げ、(3)発行可能な最低賃金の引き上げ・その他の賃金に関する条件などを厳格化し、日系企業を含む多くの進出企業が大きな影響を受けた。その後、2013年9月に6年ぶりに政権を奪取した保守連合(自由党・国民党)は、外国からの投資促進のためにも今後、457ビザを中心とした移民政策を変更するとしており、今後の動向を注視する必要がある。

なお、オーストラリアの就労に係る査証制度については、ジェトロ「オーストラリアの就労ビザ取得ガイド(2014年1月)」に詳しく解説されている。

(平木忠義)

(オーストラリア)

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