非熟練の外国人労働者の制限強化で人手不足に陥る企業も−アジア主要国の就労許可・査証制度比較(3)−

(マレーシア)

クアラルンプール事務所

2014年09月10日

マレーシアで働く外国人駐在員は、一般的に「雇用パス」を取得する。しかし最近では、入国管理局の事務処理能力の不足から、新規の就労許可・査証取得に遅延が生じている。製造業を中心に需要が根強い外国人労働者(Foreign Worker:FW)に関しては、政府が流入を厳しく制限していることから、人手不足に陥る問題が起きている。政府は2020年の先進国入りに向けて、経済・産業・人材の高度化を目指しており、今後は駐在員、FWともに査証の取得が難しくなることが想定される。

<雇用パスは月給5,000リンギ以上が要件>
外国人がマレーシアで就労を目的に滞在する場合、短期でも就労査証の取得が必要となる。マレーシアの就労査証は、大きく分けて4種類ある。(1)雇用パス(Employment Pass)、(2)プロフェッショナル・パス(Professional Visit Pass)、(3)就労許可(Permission to Work)、(4)レジデント・パス(Resident Pass)だ。その概要は以下のとおり(表1参照、注1、注2、注3)。

表1就労査証の種類

(1)雇用パスは、一般に2年以上の長期滞在の駐在員が就労する際に必要となる査証で、マレーシア進出日系企業の駐在員の多くが保持する。駐在員は現地法人と雇用契約を締結していることが前提となり、給与は月5,000リンギ(約16万5,000円、1リンギ=約33円)以上が条件だ。査証の有効期間は、申請側の駐在期間見込みに応じて決定されるが、一般的に2〜5年の範囲になる。

(2)プロフェッショナル・パスは、マレーシア国外の会社に籍を置いたまま、マレーシア国内で3ヵ月から1年間を上限に短期就労する外国人に発行される。プロジェクトの技術支援、機械の据え付けなどの業務のほか、企業研修生受け入れの場合も、当該査証を取得する。

(3)就労許可は、配偶者が雇用パスを保持し、そのために家族滞在パス(Dependent Pass)を持っている者が就労する際に発行される。もしくは、マレーシア人の配偶者を持つ外国人で、長期滞在パス(Social Visit Pass)を持っている者が就労する場合に取得する査証だ。

(4)レジデント・パスは、マレーシア政府が2011年4月に発表した比較的新しい査証制度で、導入の目的は優秀な外国人人材の誘致・確保にある。本査証により、外国人は最長10年の就労・滞在が可能になり、査証を更新せずに就労先を変更できる。また、配偶者および18歳未満の同伴家族も当該査証の申請を行うことが可能で、配偶者も雇用パスの取得なしに就労できる特典を享受できる。

<非熟練の外国人労働者には一時就労パス>
マレーシアは元来、労働力人口が少ないことに加え、マレーシア人は労働環境が厳しい職場を避ける傾向にある。そのため、製造現場を中心に人手不足が常態化しており、政府は企業が外国人労働者(FW)を雇用することを認めている。

政府は、一般的にFWを「汚い、危険、きつい」すなわち「3D(Dirty、Dangerous、Difficult)」が日常的な職場で働く者、建設、清掃業やレストランなどのサービス業、農業、プランテーション(大規模農園)、製造業、家事手伝いで労働に従事する者と定義している。加えて、月給2,500リンギ以下、非熟練労働者を定義要件としている。

雇用主はFWの候補者決定後、FWの一時就労パス(Temporary Employment Pass)とその際に必要な照会ビザ(Visa with Reference)について、事業所所在州のマレーシア入国管理局へ必要書類を提出する。申請中は、FWは国外に滞在する必要がある。また、雇用主はマレーシア入国管理局に保証金を納めなければならない。保証金の額はFWの国籍によって変わり、例えばインドネシア人の場合は1人250リンギだ。なお、保証金はFWの雇用が終了し、本国へ帰国する際に返金される。

マレーシアにいるFWの数は、政府が公式統計を出していないため、正確な把握は難しい。当地シンクタンクによると、その数は400万人以上とされ、そのうちの半数が不法就労者とされている。FWの公式統計は公表されていないものの、政府が過去に会議で明らかにした2010年時点のFWの国籍別内訳は、インドネシアが4割強を占め、以下、バングラデシュ、ネパールと続く。インドネシア人はプランテーション、バングラデシュ人とネパール人は製造業に従事する割合が多い。

<駐在員の就労査証取得に遅延が生じる>
駐在員に関係する就労査証制度に関して、マレーシアでは大きな問題は生じていない。以下、駐在員に関係する就労査証については、就労者の大半が雇用パスを所持しているため、特段の断りがない限り、雇用パスに限定して記載する。

査証取得には大きな問題はないが、新規に設立した会社に駐在員を派遣し、雇用パスを申請する場合、査証取得に数ヵ月を要する問題が生じている。これは、入国管理局が2014年4月21日からオンライン登録を導入したものの、この登録に所轄官庁からの認可書・ライセンスを添付資料としてアップロードする必要があり、登録前にこれらの認可取得に時間を要し、さらにオンライン登録自体が試行錯誤段階にあり、ワークフローが円滑に進んでいないためとみられる。

なお、プロフェッショナル・パスにおける企業研修生に関して、以前は一度の申請で最大1年間の就労が認められていたが、最近、当局は半年分しか認可せず、かつ延長申請も認められていない状況にある。会社側が1年の就労を希望する場合、当該研修生は半年で就労を打ち切り、いったん出国して、再入国後に再度申請する必要がある。

雇用パスの取得には、最低月額給与(5,000リンギ)、雇用契約期間(最低2年)、パスポートの有効期間が18ヵ月以上、最低払込資本金などの要件がある。また審査では、企業の資本金と株主構成、事業内容、マレーシア人の採用状況、事業内容に対するポストの重要性、申請者の給与、経験などが考慮される。最低払込資本金要件については、a.100%地場資本:25万リンギ、b.地場と外資の合弁:35万リンギ、c.100%外資:50万リンギ、d.流通・サービス取引を行う企業と外国人が所有するレストラン:100万リンギ、e.外資が参入している企業(合弁会社を含む)でマネジング・ディレクターなどの重要ポストを占める外国人の雇用パスを申請する場合:外資保有分50万リンギが必要とされる。そのほか、当局は年齢制限はないとしているが、申請ポストにふさわしい資格・経験が必要になってくる。なお、学歴に関しては明確に条件化されていないが、通常、大卒以上が望ましいとされている。しかし高卒の場合でも、経歴や保有資格次第では雇用パスの取得が可能となる。

製造業の会社、国際調達センター(IPC)、地域流通センター(RDC)、経営統括本部(OHQ)は、マレーシア投資開発庁(MIDA)にライセンス申請、ステータス申請や外国人就労枠(キーポスト)などの申請を行う。その後、MIDAにある入国管理局で、上述の払込資本金などの認可ポストの条件に基づき、雇用パスの発給申請を行う。なお、卸・小売りは国内取引・協同組合・消費者省(MDTCC)、金融はマレーシア中央銀行、建設は建設業開発庁(CIDB)など所轄官庁で企業設立の認可、登録、あるいはキーポスト申請を行う。特定の所轄官庁がなければ、ほとんどの場合、MDTCCの管轄となる。その後、企業は所轄官庁から認可書を取得の上、入国管理局で雇用パス申請を個別に行う。

<外国人労働者の流入を警戒する政府>
FWに関しては、企業が直面する課題として、政府の認可審査の厳格化が指摘できる。企業は、マレーシア人が3D関連の仕事を忌避するために、FWに当該業務を期待するが、政府はマレーシア人の雇用確保や治安上の観点から、FWの流入に神経質になっており、結果としてFW向けの査証の発行は円滑には進んでいない。2013年に入国管理局は88万5,464件の照会ビザを発行しているが、最近は一時就労パスの取得に3〜5ヵ月を要する企業の事例もあるなど、入国管理局の事務処理能力の低さも課題に挙げられている。また、外国人労働者の入国は、基本的に5年間認められている(延長が認められると最長10年間)が、最近は非熟練労働者の場合、3年間で本国に返される事例も目立ち、業務の円滑化に大きな支障を来す事例もみられる。

政府のFWへの規制は幾つかあり(表2、3参照)、その根本は「マレーシア人の雇用優先(Malaysians First)」だ。雇用はマレーシア人優先なため、従業員を解雇する場合は、同じセクションのFWを優先的に解雇するように雇用主は要求される。また、政府は給与、雇用条件、雇用保護において、マレーシア人労働者とFWの間で基本的に差別は行わない方針だ。そのため、2013年1月に導入された最低賃金は、家事手伝いを除いてFWにも適用される。そのほか、FWが従事できる業種や送出国は限定される(注4)。外国人1人の雇用につき、自国民の雇用も義務付けられるなどの数量枠規制も導入されている。しかし業種によっては、現実的にマレーシア人を雇用することが難しいことから、政府は柔軟に対応している面もある。なおFWを雇用する場合、年次雇用税(レビー)が課せられるが、負担主は労働者側だ(レビーの金額は内務省のウェブサイトを参照、注5)。

表2外国人労働者への規制
表3マレーシア人労働者に対するFW人数認可基準(製造業)

<先進国入りに向けて自国人材の高度化図る>
政府は、国策である「2020年の先進国入り」を視野に、マレーシア人の人材の高度化を図るため、外国企業が所持するキーポストの増設は認めたがらない(注6)。既存の就労枠に関しても、人員交代の際に、マレーシア人登用の可否を尋ねることも散見される。特にこうした傾向は、マレーシア政府が重視する経済・産業領域(注7)以外のセクターに属するキーポストにおいて顕著だ。つまり、重点産業は外資の力を借りるが、それ以外はマレーシアでやっていくという意思の表れだ。一方、政府が外資の力を必要とする産業、例えば、情報通信技術(ICT)企業が政府からMSC(マルチメディア・スーパー・コリドー)ステータスの認定を得た場合、必要に応じて外国人駐在員のポスト増加を認めるとしている。

マレーシア政府のFWに対する姿勢はさらに厳しく、労働集約的な産業を低付加価値産業と見なしている向きがあり、FWの活用には否定的だ。そのため、企業はFWの認可を得ることが年を追うごとに難しくなってきており、労働力確保に課題を抱える企業が増えている。マレーシア政府は自動化設備の導入や人員を要しない工程管理の導入を推奨している。しかし、日系企業の視点からみたマレーシアの魅力は依然、労働集約的な生産拠点としてであり、ここに政府の目指す方向とのずれが生じている。なお、最低賃金導入にみられるコスト増の回避や労働力の容易な確保を目的に、インドネシアなどに移転を行う企業もある。労働人口が周辺アジア諸国と比較して少ないという弱点を抱え、マレーシア人とFWは雇用分野ですみ分けをしてきたが、FWの増加が治安の悪化につながるなどの社会問題の観点から、マレーシア人はFWには否定的になっている。こうした考えは、簡単に変わるものではなく、政府のFWへの見方も厳しく締め付ける方向に向かうものとみられる。

(注1)外国人駐在員の査証については入国管理局のウェブサイトおよびジェトロのウェブサイト参照。
(注2)上記はマレーシアの一般的な査証制度だが、マレーシア・インド包括的経済協力協定(MICECA)では、インドからのビジネス目的での一時入国を弾力化する措置が講じられている。
(注3)日本国籍を持つ者が、就労以外の目的でマレーシアに入国する場合、3ヵ月までは査証が免除される。
(注4、5)内務省のウェブサイト参照。
(注6)製造業のキーポストに関して、過去には資本金の額で自動的に枠が認可されたこともあったが、現在は、資本金の外資保有分は考慮の1要素にすぎず、事業内容やポストの重要性を勘案して、キーポストが付与される。
(注7)マレーシアは2011〜2015年の中期経済開発計画となる第10次計画である「国家主要経済分野(通称NKEAs)」において、経済成長を牽引する重点産業11分野と重点1地域を選定した。

(新田浩之)

(マレーシア)

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