外国人の雇用抑制策を幹部・専門職にも拡大−アジア主要国の就労許可・査証制度比較(1)−

(シンガポール)

シンガポール事務所

2014年09月08日

政府は8月1日から、企業が幹部・専門職の外国人就労許可書「エンプロイメント・パス(EP)」を新規に申請する前に、政府が管理する求人バンクに地元人材を対象とした広告を掲載することを義務付けた。また、外国人の低・中熟練労働者の雇用主に課す外国人雇用税も段階的に引き上げるなど、外国人労働者の雇用抑制策を一段と強化している。政府は今後、幹部・専門職も含めて外国人の増加を抑制し、国民の労働生産性の向上を促す方針だ。

添付ファイル: 資料PDFファイル( B)

<EPの申請前に求人バンクへの広告掲載を義務付け>
人材省管轄下の労働力開発庁(WDA)が管理する求人バンクが2014年7月14日、正式に発足した。政府は8月1日から、企業が外国人の幹部・専門職向けEPを申請する前に、同求人バンクに地元人材を対象にした求人広告の掲載(14暦日以上)を義務付けた。ただし、 (1)従業員25人以下の企業、(2)基本月給が1万2,000シンガポール・ドル(約100万8,000円、Sドル、1Sドル=約84円)以上、(3)WTOのサービスの貿易に関する一般協定(GATS)で定義される企業内転勤者〔Intra−Corporate Transferees(ICT、注1)〕、(4)短期(1ヵ月未満)就労者、についてはこの掲載義務は免除される。

EPを新規申請する際に求人広告の掲載を義務付けたのは、外国人を新規採用する前に地元の人材採用を検討するよう促すのが狙いだ(2013年9月27日記事参照)。求人バンクのポータルサイトには、企業や政府機関が地元人材を対象とした求人広告を掲載できる一方、職を求める国民(外国人永住権者を含む)は履歴書を掲載できる。また、人材省は2014年第1四半期から、幹部・専門職レベルへの地元人材の登用が業界平均と比べて極端に少ない企業や国籍差別に関する苦情があった企業に対して、国籍情報を含む組織図や人材登用の経緯、地元人材の登用計画などの書類提出を求めている。書類提出の求めに非協力的な企業に対しては、EPの審査期間を長期化し、最悪の場合には外国人採用の特権を剥奪する可能性もある。

人材省は、管理・専門職種の外国人にEP、中技能向けに「Sパス」、建設労働者や工場労働者など低技能向けに「ワーク・パミット(WP)」と、外国人の技能や学歴、就労経験、賃金に応じて異なる種類の就労許可証を発給している(注2)。EPとSパスについては、基本月給に応じて帯同できる家族の対象が異なる。例えば、帯同する配偶者と未成年の子供に家族帯同ビザが発給されるのは月給4,000Sドル以上となる。さらに、EPには1社当たり雇用できる人数に上限がなく、雇用主に外国人雇用税は課されない。一方、WPとSパスについては雇用主に外国人雇用税を課すほか、業種別に外国人の雇用限度率を設定するなど、政府は雇用税と限度率の調整を通じて外国人労働者の数を管理している。

<国内の既存労働力の生産性向上が狙い>
上述のEP新規申請前の求人広告掲載の義務化は、2010年から段階的に進む外国人の雇用規制強化の一環だ。政府は2010年2月、既存労働者の向こう10年間の労働生産性の伸びを年率2〜3%と、それまでの10年間の平均年率1%から引き上げるとの目標を設定した。これを受け、既存労働力の労働生産性向上を促すために、それまでの外国人労働者の積極的な受け入れから抑制へとかじを切った。さらに、外国人労働者問題が争点の1つとなった前回の2011年5月の国会総選挙以降は外国人の雇用規制強化の勢いが強まっている。

人材省はWPとSパスについて、2010年から段階的に雇用限度率を引き下げるとともに、外国人雇用税を引き上げている。特に労働生産性の低いサービス、建設、海事部門を中心に引き上げ幅が大きく、雇用限度率も一段と引き下げられている。2013年度政府予算では2014〜2015年に全業種にわたり外国人雇用税の引き上げが発表されたが、中でも建設非熟練労働者の雇用税は2015年7月から初めて月1,000Sドルを突破する見込み。WPとSパスの外国人雇用税の引き上げは、2016年まで続く予定だ(添付資料参照)。

また、人材省は2011年から2014年までに、発給条件となる基本月給の下限をEPについては2,500Sドルから3,300Sドルへ、Sパスについても1,800Sドルから2,200Sドルへと段階的な引き上げを実施し、EPの学歴条件も厳格化した。国民の高学歴化に伴い、国民の専門職・管理職・幹部・技術職(PMET)の割合は2013年に53%と、2003年の45%から拡大している。このため、PMETの職種での雇用均等を求める国民の声も高まっており、雇用規制の対象が低・中熟練の外国人労働者から幹部・専門職の外国人にも拡大しつつある。

<外国人は引き続き増加するも伸びは軟化>
しかし、外国人雇用規制が強化される中でも、外国人労働者は増加している。人材省によると、外国人労働者は雇用規制が強化される前の2009年末に105万3,500人だったが、2013年末には132万1,600人に増加した(表参照)。ただ、増加率は2011年が前年比7.6%、2012年5.9%、2013年4.2%と年々縮小している。さらに、政府は5月28日、建設分野の外国人増加を抑制するために、2014年に予定していた公共事業(310億〜380億Sドル)のうち20億Sドル相当の工事を1〜2年延期すると発表した。この結果、2万〜3万人の外国人建設労働者の新規採用を遅らせることができるとしている。

就労許可証別外国人労働者数の推移

ただ、外国人の雇用規制強化に伴い、国内の雇用市場は一段とタイトになっている。2014年6月時点の失業率は2.0%(速報値)と、ほぼ完全雇用状態にある。特に小売りや飲食店などサービス分野は、もともと地元での人材獲得が難しく、外国人への依存度が高い。しかし政府は、2013年7月からサービス分野の外国人雇用限度率をWP保持者について全従業員の45%から40%に引き下げ、Sパスは20%から15%に引き下げた。これにより、サービス分野の人材の確保が厳しさを増している。中華レストランチェーンのレイ・ガーデンは7月1日、人手不足を理由にシンガポール国内にある2店舗のうち1店舗を閉店した、と地元英字紙に大きく報じられたが、同店以外にも人手不足を理由に店舗の閉店を余儀なくされるケースが増えている。

また、外国人就労許可証の新規申請時だけでなく、更新時の審査も厳しくなっている。Sパスの更新が却下されたり、EPがSパスに降格されたりする事例も増えている。また人材省は、EPやSパスの申請、更新時に給料など虚偽の申告をする企業への監視を強めており、悪質な場合には雇用主の名前を公表している。虚偽申告で有罪が確定すると、最高2万Sドルの罰金と2年間の禁錮刑が科せられる。

<外国人労働者数の凍結や削減は否定>
一方、政府が期待するようには同国の労働生産性は改善していないため、当面は外国人労働者の雇用規制が緩められることはなさそうだ。2012年の労働生産性は前年比1.4%減、2013年は0.2%減と2年連続でマイナスだった。政府は外国人労働者数の抑制を通じて企業に労働生産性向上の取り組みを促すとともに、2010年から「生産性・技術革新クレジット(PIC)スキーム(注3)」を導入し、生産性向上に必要な支出をするなど、企業の労働生産性の取り組みを支援している。

ただ、政府は外国人労働者数の伸びを抑制しても、削減はしない方針だ。テオ・チーヒエン副首相は6月20日、シンガポール国際商工会議所(SICC)での会合で、「外国人労働者数の削減や凍結はしない。しかし、企業は事業を見直し、経営効率を高めて生産性を向上させる必要がある」と強調した。同副首相は外国人労働者が今後も増加するものの、増加の勢いがより持続性のあるものになるとの見方を示した(「ストレーツ・タイムズ」紙6月21日)。

(注1)ICTは、幹部職または専門職種として、その企業または関連会社に1年以上の勤務経験がある人が対象。ICTのEP申請時には幹部職であることを証明する企業組織図か、専門技能を証明する書類の添付が必要で、この場合のEPの発給期間は最長5年。
(注2)このほか、外国人の就労許可証には、高額所得の幹部・専門職(月給1万2,000Sドル以上)向けの一定期間転職可能な「個人雇用許可書(PEP)」、起業家向け「エントレパス」などがある。詳細は人材省のウェブサイトを参照。
(注3)「生産性・技術革新クレジット(PIC)スキーム」は、a.ITやオートメーション機器の購入・リース、b.従業員の研修、c.知的財産の登記、d.知的財産の取得、e.研究開発(R&D)、f.デザイン活動の6項目について、適格支出の400%を課税標準額から控除できるというもの(1項目当たりの上限額:40万Sドル)。PICスキームは2018賦課年度まで。

(本田智津絵)

(シンガポール)

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