TPPとRCEPの進展でFTAAPの実現が視野に−ワシントンとロサンゼルスで「アジア太平洋の経済統合と日米の役割」セミナー−

(米国)

ニューヨーク事務所・ロサンゼルス事務所・調査企画課

2014年07月10日

ジェトロは6月、ワシントンとロサンゼルスで、「アジア太平洋の経済統合と日米の役割」と題するセミナーを開催した。環太平洋パートナーシップ(TPP)や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)など経済統合の動向や見通しを識者が順に発表。TPPとRCEPの進展でアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の実現が視野に入ってきたことを確認すると同時に、世界で進むメガ自由貿易協定(FTA)で中心的な存在を示す日米が、アジア太平洋での経済統合を主導すべきとの点でも一致した。TPPの日米協議が進展する中、本セミナーは大きな関心を集めた。

<日米が妥結すればTPP交渉は加速>
ジェトロと米戦略国際問題研究所(CSIS)が6月10日にワシントンで共催したセミナーには、米政府関係者、企業関係者、メディア、シンクタンクなど約200人が出席した。

同セミナーでは、下院歳入委員会貿易小委員会に所属するアーロン・ショック下院議員(共和党)による基調講演の後、石毛博行ジェトロ理事長が「アジア大洋州の経済統合に向けた進歩と日米の役割」と題して講演した。

続いてCSISのマイケル・グリーン上級副所長(アジア)兼ジャパン・チェアをモデレーターに、中国国家発展改革委員会(NDRC)マクロ経済研究院対外経済研究所国際経済合作研究室主任の張建平(ジャン・ジェンピン)氏、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の浦田秀次郎教授、シンガポール国際問題研究所(SIIA)のハンク・リム上級研究員が「アジア太平洋における経済統合の新展開」について、各国・地域の視点を紹介するかたちでパネルセッションを開いた。パネルセッション後は、CSISの政治経済部シニアアドバイザーのマシュー・グッドマン氏が各パネリストの議論を踏まえてコメントをした。最後に、ランチョン・スピーチでウェンディ・カトラー通商代表部(USTR)代表補が登壇し、アジア太平洋地域における通商交渉の進展およびTPPの日米協議の現状に関して見解を語った。

ショック下院議員はTPPに関して、日米関係を経済面でも安全保障面でも強化する重要な枠組みとの見方を示した。一方で、交渉を阻害している要因も存在するとして、(1)市場アクセス交渉における農産品の例外扱い、(2)オバマ政権による議会上院への働き掛けの欠如、(3)交渉参加国の政治的判断の欠如の3点を指摘した。(3)については、各国とも難しい国内政治の状況を抱えるが、日米が2国間協議で妥結すれば他国もそれに続くとの見通しを述べた。

<TPP交渉ではスピードが重要>
ジェトロの石毛理事長は基調講演で、WTOでの貿易自由化交渉で大きな進展がみられない中、日米はTPPに加えて、日EU経済連携協定(EPA)、米国とEUの包括的貿易投資協定(TTIP)、RCEPなど他のメガFTAも主導すべきと強調した。TPPに関しては、交渉は最終局面に入っているとしつつ、今後は(1)スピード、(2)技術標準・規制の統合、(3)中国の参加の3点を意識すべきだと主張した。(1)では、TPP交渉の進展を加速させることで2015年内の妥結を目指す日EU・EPA、RCEP交渉を後押しすることができるとした。(2)では調和されたルール作りを行い、企業・産業のコスト削減に役立てるべきと指摘した。(3)では、2001年のWTO加盟のように、中国が国内の構造改革を迅速に進めるために高水準で包括的なTPPに参加することを日米は歓迎すべきだと主張した。また、TPPがアジア太平洋地域の経済統合において真の牽引役となるには韓国、フィリピン、タイ、インドネシア、インドといった国々の参加も認めることが重要との認識を示した。

TPPの日米並行協議に関しては、両国の指導者は現実的かつ大胆に決断し早急に決着させることを期待すると述べた。日米は世界経済をリードする上で決定的な役割を担うべきで、TPPでは新たな世界基準のルールを構築し、アジア太平洋地域の関係強化を促すことが必要だとした。また、両国は戦略的観点からもTPPを合意に導くべきだと強調した。

FTAAPの実現に向けては、TPPとRCEPがその両輪となると主張した。TPPはグローバルな経済統合の実現に向け高水準のルール作りを目指す一方、RCEPはアジアでビジネス志向のサプライチェーン、販売ネットワークの構築を目指しており、両者が相互補完的に機能することでFTAAPの実現に近づくとした。また、ここ1年ほどで米国のRCEPに対する理解は進んだとしつつも、RCEP地域への対外直接投資残高を比較すると米国は日本を上回っている点を指摘し、米国はよりRCEPに関心を向けるべきだと付け加えた。

<中国でのTPP評価が前向きな方向へ>
NDRCの張主任はパネルセッションの冒頭で、FTAAPの実現を念頭に、現在進行している枠組みの交渉を評価した。FTAAPの構想が立ち上がった当時は、TPPの基となるニュージーランド、シンガポール、ブルネイ、チリによる4ヵ国FTAのP4くらいしか実質的な多国間の枠組みはなかったと指摘した上で、現在はTPPとRCEPが基盤となりFTAAPの実現が現実味を帯びてきたと評価した。今後のシナリオとしては(1)TPPがFTAAPに発展する場合、(2)RCEPがFTAAPに発展する場合、(3)TPPとRCEPが統合してFTAAPに発展する場合の3つが考えられるとした。

TPPに対する中国の見方については、「中国囲い込み」という否定的な見方から、肯定的な方向に変わりつつあると評価した。外交部報道官がASEANプラスの枠組みやTPPに関して前向きに発言し、国家発展改革委員会がTPP参加に向けた検討を開始するなど具体的な動きがあることを紹介した。また、TPPを主導する米国との間では「新たな大国関係」の概念も共有しており、コンセンサスができていると主張した。

<貿易・投資の自由化は段階別アプローチで>
早稲田大学大学院の浦田教授は、TPPとRCEPを(1)交渉分野の包括性、(2)目標とする貿易・投資の自由化レベル、(3)開発途上国に対する特別扱いの点で異なると評価した。その上で、カンボジア、ラオス、ミャンマー、インドといった開発途上国はTPPから始めることは難しいため、まずRCEPに参加し準備ができた段階でTPPにも参加し、そのようなかたちでTPPを拡大させ、最終的にFTAAPを形成するという各国の発展段階を考慮した自由化のアプローチが可能と分析した。

続いて浦田教授は、日本のFTAの実績を解説した。まず、これまでのFTA締結国との貿易が日本の貿易全体に占める割合(FTAカバー率)は20%に届かず、個別のFTAでの関税自由化率も最大がフィリピンとの88.4%で米国のFTAと比べると低いことを指摘した。中でも、農業分野の特定品目での高関税や特例扱いが自由化を難しくしているとした。しかし、TPPで大幅な自由化に踏み切れば、試算ではGDP成長率が0.66〜2.4ポイント押し上げられるとし、自国市場の開放による経済的利益の方が他国の市場開放により受ける利益より大きい点を強調した。最後に、TPPはアベノミクスの第3の矢の中でも重要な政策であり、農業に対して、自由貿易で職を失った労働者などを支援する米国の制度である貿易調整支援(TAA)などを参考としたセーフティーネットの検討や長い年数をかけての段階的な関税削減といった措置を講じながらでも、TPPを妥結に導くことが日本経済の回復に重要だと締めくくった。

<ASEAN以外の国がRCEPのリードを>
リムSIIA上級研究員は、TPPとRCEPに対するASEAN諸国の視点を紹介した。RCEPの進展については、ASEANを中心に進めることが重要と指摘する一方、そのASEANが十分なイニシアチブを発揮できておらず、第4回会合以降、目立った進展がないと評価した。その理由として、タイでのクーデターやインドネシアでの資源ナショナリズムに近い動きなどASEAN各国の不安定な国内状況を挙げた。そこで、代わりに非ASEAN国のオーストラリアかニュージーランドが日中韓の支援を受けながら交渉を主導することが現状打開につながり得るとの見方を示した。また、RCEPが妥結目標とする2015年末は、ASEAN経済の完全な自由化を目指すASEAN経済共同体(AEC)構想の目標年とも重なるため、時機を逃さないことが決定的に重要とした。

TPPについては、2月のシンガポールでの閣僚会合で合意を逃して以降、停滞しているとの見方を示した。主な理由として、市場アクセスや労働と環境といったルール分野でのコンセンサス形成で対立が埋まっていないことや、米政権が大統領貿易促進権限(TPA)を獲得していないことを挙げて、2014年内の大筋合意は難しいとの見通しを語った。また、中国が最近、TPPを肯定的に捉え始めていることを指摘し、米国は中国のWTO加盟を実現したときのようなかたちで中国をTPPに迎え入れるべきだと主張した。ASEAN諸国にとっては、中国なしのTPPはアジア太平洋地域の経済統合を進める上で衝突の要因になるとみていると警鐘を鳴らした。最後に、TPPはより柔軟なアプローチを採用することで、RCEPとの共存もしくは統合を視野に入れるべきだとの見解を語った。

<グローバルバリューチェーンが通商議論の中心に>
パネルセッションを受け、CSISのグッドマン氏は、(1)TPPとRCEPの関係、(2)APECを中心としたFTAAPの実現、(3)日米の役割に関して見解を述べた。(1)についてまず、TPPはアジア太平洋での貿易・投資のルール作りの牽引役と評価した。RCEPとの関係では他の登壇者と同様に、相互補完的になると分析した。中国のTPP参加の可能性については、自国が創設メンバーでない枠組みであり、かつその経済の大きさから難しいとの見解を語った。しかし、TPPは将来的にはAPEC加盟国全ての参加を想定しており、中国抜きにアジア太平洋地域の経済統合を議論するのは意味がないと指摘した。

(2)については、2014年のAPECホスト国である中国がFTAAPの議論を盛り上げていることを指摘した。中国は特に、国際生産ネットワーク(グローバルバリューチェーン:GVC)の議論を進めることを狙いとしていると分析し、その方向は正しいとし、APECをGVCの良い議論の場にできれば、さまざまな場面で分散している議論をつなぐことができると期待を示した。また、APECはよく過小評価されるが、非拘束でコンセンサスベースの議論方式ゆえに、WTOで実現できなかった環境関連物品の関税削減といったアイデアが進む余地があると強調した。

カトラーUSTR代表補はランチョン・スピーチの冒頭で、アジア太平洋地域を中心にさまざまな通商交渉が進展していることに触れながら、世界全体で高い基準の貿易協定に対する関心、意欲が高まっているとの所感を述べた。中でも、TPPは包括的なルールを拘束力あるかたちで合意することを目指す初の枠組みだと評価した。アジア太平洋地域で並行して進むRCEPとの関係については、目指すレベル、交渉の対象分野、交渉の進展度合いについてかなり差があると分析した。一方で、7ヵ国がTPPとRCEPの両方に参加していることもあり、両者は相互排除の関係ではなく、むしろ、RCEPへの参加が将来的なTPPへの参加を助ける関係にあるとの見方を示した。また、FTAAPの実現に関しては、APECが情報共有やキャパシティービルディング(能力向上・強化)の面で補助的な役割を果たすとしつつ、中身を決める重要な要素はTPPとRCEPだとの認識を示した。

<ロサンゼルスはアジアへのゲートウエー>
ロサンゼルスでは、ジェトロとロサンゼルス市長事務所の共催で、6月12日に開催された。ロサンゼルスはアジアへのゲートウエーとして東アジア地域とのビジネスに関心が高い地域ということもあって、政府関係者、企業関係者、学術関係者など約170人が出席した。

同セミナーでは、ロサンゼルス市長事務所のスティーブン・チャン国際貿易所長が開会あいさつを行った後、在ロサンゼルス日本国総領事館の新美潤総領事が来賓あいさつ、石毛ジェトロ理事長と全米日米協会連合会長でUSTR首席交渉官・法律顧問を務めたアイラ・シャピロ氏が基調講演を行った。続いて、シャピロ氏をモデレーターに、NDRCの張主任、早稲田大学大学院の浦田教授、SIIAのリム上級研究員が参加してパネルディスカッションが行われた。

チャン所長は開会あいさつで、「日本が世界経済で主要な地位を占めていることをロサンゼルスの人々はよく理解している。日本が行うロサンゼルスを含む米国への多額の投資は米国経済に大きな影響を与えている。また、日本のTPPおよびRCEP交渉参加は、世界経済に非常に大きな影響を与えるだろう。今後も日本と協力してこの対アジアのゲートウエーであるロサンゼルスをより発展させていきたい」と述べた。

次に、新美総領事は来賓あいさつで、「南カリフォルニアにおけるアジアへの関心は高く、日本を含む多数のアジア系進出企業が雇用面などで地元経済を支えているとの認識も高まりつつある。日本は長期にわたる資本・技術提供を通じて活発なアジア経済の構築に貢献しており、TPPにより日本の民間部門の成長や競争力が高まるだろう」と述べた。

<日本の参加でTPPは重要さを増す>
石毛理事長は「アベノミクスは対日投資の拡大や輸出増による世界経済の成長を目指している。ジェトロも対日投資の拡大に向けてワンストップセンターとして対日投資をサポートしている。日本でビジネスに興味があればジェトロに声をかけてほしい」と述べた。

続いて登壇したシャピロ氏は基調講演の中で、「日本の参加でTPPは重要さを増した。日本はアジアの中でも非常に重要な役割を果たすだろう。日本はTPP締結を目指して必要な妥協を行うべきだ」と述べた。他方で米国内でもワシントンからTPP反対の声が挙がっていることにも触れ、「両国の唯一の成功への道は2国間同意であるが実現はまだ難しい。両国の未来のカギを握るTPPの締結を期待したい」と述べた。

パネルディスカッションでは、東アジアの外交安全保障問題がFTA交渉に及ぼす影響について、各パネリストは以下のとおり答えた。

浦田教授は「関係国相互の経済交流があればあるほど緊張緩和につながる。各国の政治指導者はそのことを理解し経済活性化につなげていくことが重要だ」と説明した。張主任は、FTA交渉は難航することを指摘した上で、「長期的には互いに協力し外交面での障壁を乗り越えて東アジアで日中韓を含むFTAを構築していくことが必要であり、そうすることで他の参加国もメリットを享受できる」と述べた。リム上級研究員は「ASEAN諸国も領有権争いを踏まえ、『南シナ海における関係国の行動宣言』(DOC)を立ち上げて拘束力のあるルールを制定することになった。経済統合に向けて拘束力のあるルールを作る機関を設けることが大切だ」との見解を語った。

<テーブルトップ展示会で交流>
セミナー終了後のレセプション会場には、アジア太平洋地域が一堂に会するテーブルトップ展示を行い、ビジネス関係者との交流を行った。今回のセミナーには日本を含めて13の各国総領事館、貿易振興機関から参加者が集うなど国際色にあふれ、各国・地域の代表と交流する貴重な機会となった。

(磯部真一、イアン・ワット、桑田弦、伊藤実佐子)

(米国)

ビジネス短信 53bc9e3ee2900