サプライチェーンにおけるカナダ企業の新たな商機に期待−EUカナダ包括的経済・貿易協定の影響−

(カナダ、EU)

ブリュッセル事務所

2014年06月17日

EUとカナダの包括的な経済・貿易協定(CETA)の技術的な交渉が今なお継続中で、協定文書が明らかになっていない中、ジェトロは2月末に、カナダ製造・輸出業者協会(CME)の会長兼最高経営責任者(CEO)に、CETAが同業界に与える影響の見通しについて聞いた。

<リーマン・ショック以降、米国依存からグローバル化を模索>
2013年10月のCETAの原則合意から半年以上が経過したが、技術的な交渉が今なお続いている。こうした中、ジェトロは2月27日、CMEのジェイソン・マイヤーズ会長兼CEOに、CETAによるカナダ製造・輸出業者への影響について電話インタビューを行った。マイヤーズ会長兼CEOが指摘するCETAの主な内容を報告する。

カナダの輸出業者は米国に焦点を合わせ過ぎていたが、リーマン・ショック後の経済危機がこの状況を大きく変えた。2008年には6ヵ月間で米国市場の30%が失われ、カナダの多くの輸出業者(その多くは製造業者)は他の市場に目を向ける必要性を理解した。CETAの交渉以前からEUとの輸出入は増えていた。

2007年には87%を占めていた米国市場向け輸出が、現在は約70%に減少している。一方で、欧州や中国向けの輸出が増えており、日本との輸出入も増えている。カナダ企業は輸出先の多様化を図ろうとしている。

米国はリーマン・ショック以降、リスクがより高い市場となり、参入するのが難しく、競争の激しい市場となった。もはや米国には多くの商機はなく、企業はグローバルに市場を探すようになった。

CETAは企業の成長を真に支援する協定であり、多くの貿易協定の規範となるものだ。EU・米国間の包括的な貿易・投資協定(TTIP)や環太平洋パートナーシップ(TPP)は、CETAには及ばない。EUや米国との協定の範囲や野心、質からカナダは非常に重要な戦略的ポジションに立つことになった。

CETAは、関税の引き下げだけではなく、規制協力、職業資格者の移動、サービス協定、規格の認証、公共調達などさまざまなかたちで企業を支援する。

<競争は激化するが、新たなビジネス機会の創出がより重要>
カナダの製造業分野では激しい競争がある。CETAによりサービス分野では競争が激しくなるだろうが、製造業分野は既にオープンな市場だ。カナダの関税は非常に低く、カナダは世界で最も競争の激しい市場だろう。一方、カナダ企業は国内市場以上に、米国市場で多くの製品を販売している。

カナダ国内での競争は激化するが、カナダ企業は依然として競争力がある。新たなビジネス機会を探すカナダ企業にとっては、競争よりも商機の方が重要になる。単に輸出入といった問題だけでなく、グローバルな貿易のサプライチェーンに参入するため、新たなパートナーと協力できるということもある。CETAはカナダ企業がサプライヤーあるいはパートナーとしてEU企業と協力する好機を与えるが、EU企業とEUでビジネスを行うだけでなく、中東や中央アジア、東欧、ロシア、アジア、南米に進出するきっかけとなる。CETAは、サプライチェーンにおいてカナダ企業により多くのビジネス機会を提供するだろうという期待がある。カナダの多くの企業は、サプライチェーンを志向しており、企業間の競争というよりサプライチェーンの中に競争がある。

<カナダ企業は高品質で適正価格の新製品を提供できる>
CETA自体への懸念はないが、カナダの中小企業がEU市場で顧客やサプライヤー、パートナーを探し出すことをいかに支援するかがCMEの懸念事項だ。約5,000社の会員の90%以上は中小企業だ。会員の3分の2は従業員数が100人に満たない。

CMEは国際的なビジネスチャンスを見つけ、企業の国際的な進出を支援する事に重点を置く。市場機会ではなく、顧客やビジネス機会について話し合う。顧客やサプライヤー、パートナー探しのための有望な見込み客(qualified leads)を見つけることが重要となる。

CMEは、欧州委員会が創設した企業欧州ネットワーク(Enterprise Europe Network)の一部を形成する。企業欧州ネットワークの目的は、技術パートナーシップのための有望な見込み客を見つけることだ。2013年5月から同ネットワークに参加し、カナダと欧州の中小企業の共同技術開発のためのジョイントベンチャーをこれまでに26件成立させた。

カナダ輸出開発公社(Export Development Canada)やカナダ商業公団(Canadian Commercial Corporation)、カナダ国立研究評議会(National Research Council of Canada)のようなパートナーや、銀行、コンサルタントなど他の機関とも協力し、会員を支援する。スペインやイタリアに進出しようとする企業があれば、CMEは両国の産業連盟と協定を結んでおり、CMEの会員を支援する。

カナダ製品の輸出先のターゲットとなる国は特にない。ビジネスチャンスを見つけることの方が重要だ。航空宇宙、自動車、ライフサイエンスやバイオテクノロジー、素材開発、ロボット工学、自動化システム、デジタル技術、クリーンテクノロジー、農産食品加工といった分野に注目している。

航空宇宙分野の企業が繊維分野の企業で使用できる新素材を開発し、繊維分野の企業が自動車分野の企業で使用できる新素材を開発するという時代なので、技術パートナーシップの機会に注目している。カナダの企業にとって重要となっているのは、イノベーションやデザイン、エンジニアリング、新技術、あるいは提供するサービスを通じ、欧州の顧客が欧州市場で見つけることのできない高品質で適正価格の製品やサービスに特化する能力だ。

<残された難題は自動車の原産地規制>
カナダの製造業者は、CETAの締結を強力に後押ししてきた。EUとの交渉は、カナダがこれまでに行ってきた交渉と異なり、企業だけでなく、州政府なども交渉に参加した。自動車や医薬品の知的財産権など幾つかの難しい問題もあったが、EUとカナダは合意可能な問題から始めて、難しい問題を最後に残した。これが例外的かつ非常にポジティブな力を生み出し、難しい問題には非常に実用的な解決策が示された。また、このことは製造業者がCETAへの広範な支持を示した理由の1つといえる。

マイヤーズ会長兼CEOは、CETA交渉の主要項目について次のように指摘した。

(1)原産地規則
自動車分野の原産地規則に関する交渉は非常に重要だ。解決するのが難しい問題の1つで、交渉の最後に残された。欧州市場向けの自動車を生産するカナダ企業があり、米国市場向けの自動車を生産する欧州企業が存在する。

カナダの自動車サプライチェーンは北米のそれに組み込まれており、単一の原産地規則を提案するのは難しい。原産地規則のローカルコンテンツは45%に設定されたが、まだ低い。実際には5年間で50%に引き上げられると思うが、自動車に使用される製品の原産国に関係なく、カナダから欧州市場に無関税で輸出できる10万台の割当量が設定されるだろう。非常に実用的な解決策だと思う。

CETAで特筆すべきことの1つは、EUが米国と原産地規則の交渉をする場合、カナダとの合意も承認し、北米ベースの累積制度に移行するという合意があることだ。米国とEUが原産地規則の累積に合意すれば、より現実に沿った(米国とカナダを1つの地域と見なす)北米ルールに移行する。とはいえ、10万台の割当量にはCETAの最初の数年間で達すると確信する。

TTIPで累積制度についての討議が行われるかどうかは分からないが、原産地規則に関する討議は行われるだろう。米国の原産地規則であれば、カナダは最恵国待遇を受けるか、北米ルールで累積として見なされる。CETAに既に(北米ベースの累積が)組み込まれているので、TTIPで累積制度について交渉する必要はない。北米ベースに関する交渉が行われればカナダはその中に含まれる。

<GIは大きな問題にはならないと分析>
(2)地理的表示(GI)
カナダでは、地理的表示は大きな問題とはならないと考える。カナダ産品にも幾つかのGIが存在し、メーカーは例えば、現在「パルメザンチーズ」と呼んでいるものを将来はそう呼べなくなり、「パルメザン風チーズ」と呼ばなくてはならないかもしれない。しかし、カナダのメーカーはそうしたことをせずに、新しい名称やブランドにするのではないかと考える。GIに懸念がないわけではないが、カナダのメーカーは十分に対応できると思う。カナダの食品産業のメーカーの多くで専門化が進んでいる。専門化が進めば、高品質の製品を生み出せる。

TTIPなどによって変えなくてはならないことも発生するだろうが、カナダのメーカーを尻込みさせるような問題ではない。カナダの食品加工部門はCETAを支持しており、いかなる調整も行う用意がある。

(3)知的財産権
知的財産権では、医薬品関連の問題があった。データ保護や知的財産権の保護の問題だ。データ保護は拡大されたが、特許の保護は必ずしも十分に拡大されなかった。とはいえ、良いコンセンサスが形成されたと思うし、交渉事項は実用的なものだったと理解している。

(4)適合性証明、公共調達
欧州に行かずとも二重の適合性証明プロセスを通じカナダで製品検査を行えるだけでなく、カナダ当局が欧州市場向けの適合性証明を行えるということもCETAの重要なポイントだ。EUの企業がカナダで州政府の公共調達市場にアクセスできるように、カナダの企業もEUの調達市場にアクセスできるようになる。

<サービス分野がネガティブリスト方式となったことは重要>
(5)サービス分野
サービス分野のネガティブリストは非常に重要だ。CETAに含まれる限定的なサービスを特定する方法から、CETAから除外するサービスのみを特定する方法に移行した。欧州でのビジネス機会がこれまでより増える。

(6)職業資格と人の移動
職業資格に関しては、どのように取り扱われるのか分からない。CETAの枠外で、職業資格や証明書ではなく、能力の認証を可能にするための作業が行われており、カナダには有利に働くと思う。カナダの移民当局は証明書にのみ焦点を当てるのではなく、能力に目を向けて仕事をしている。

またメーカーは、エンジニアや技術者、メンテナンス要員や顧客サービス要員をカナダから欧州に連れて行くことができるだろうし、欧州からカナダへ連れて来ることもできるだろう。

<製品の適合証明や認証は協力して簡素化を図ることが重要>
(7)規制協力
規制協力も行われるし、投資保護も重要だ。こうしたことが全てCETAに含まれており、非常に大きな前進だと思う。欧州でのビジネスが容易になるため、製造業にとってCETAは非常に重要だ。

規格や規制の明確な相互認証は行われなかった。しかし、製品の適合性証明や認証に関してより緊密に連携し作業することが約束された。EUではEUの規則に適合すればよいだけだが、カナダでは連邦レベルの規則、州レベルの規則に適合しなくてはならず、双方の調整や協力がないことから、EU側からするとEUの企業がカナダでビジネスをする方が難しいだろう。このため規制協力に関しては、カナダと米国間の協力の枠組みを参考にしている。

重要なのは、製品検査や適合性の要求に関して規制当局が協力して作業を行うことだ。規制の調和を行おうとは思わないが、適合プロセスをよりシンプルなものにし、適合性の相互認証を可能にするシステムを構築しようとしている。その恩恵を受けるのは自動車産業だろう。

CETAは、EUの規格も北米の規格も採用せず、とにかく協力を行う。いかにして簡素化を図るかが全てだ。

(8)投資
投資についても語る必要がある。CETAは、新たな投資を呼び込むという強い立場にカナダを押し上げる。カナダでビジネスをするというだけでなく、北米市場への足場を築くことにもなる。もし、カナダでビジネスを行うとすれば、EUでビジネスを行う際にはCETAの利益を享受できるし、北米全体でビジネスを行う際には北米自由貿易協定(NAFTA)の利益を享受することができる。

<CETAは貿易協定のモデル、締結後はアジア諸国とのFTAへ>
CETA締結後はアジアを注視している。カナダ政府は恐らく韓国とのFTAを発表するだろうという希望を持っている。韓国市場には非関税障壁が多いことから、カナダの自動車産業にとって懸念が大きい。

カナダは、CETAを貿易協定のモデルと見なしている。CETAで試みたことをTPPでも試みようとしている。また、政府にとって日本との協定も重要だ。ただ、EUとの協定に比べ、アジアとの協定では製造業者や輸出業者の支持を得るのが難しいと思う。多くの分野、特に自動車分野は、アジア市場への実質的なアクセスが獲得できるか懐疑的だ。

(田中晋)

(EU・カナダ)

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