担当者の能力向上と消費者の啓発活動が急務−ベトナム知的財産セミナーが開催−

(ベトナム、日本)

アジア大洋州課・ハノイ事務所

2014年03月07日

経済産業省とジェトロは2月19日、ジェトロ本部(東京都港区)で「ベトナム知的財産セミナー」を開催した。第1部「ベトナム知財保護関連機関の概要と各機関の取締権限、所管範囲」、第2部「知財保護強化に向けた日越官民連携による取り組み」の2部構成で、ベトナム側の講演者を含め180人を超える参加者となった。ベトナムの知的財産権に関するセミナーの内容を報告する。

<経済発展に伴い知的財産権をめぐる問題が顕在化>
「ベトナム知的財産セミナー〜ベトナム知財保護関連機関の取締権限・所轄範囲と知財保護強化に向けた日越官民連携による取り組み〜」では、ベトナムの科学技術省監査局、国家知的財産庁、商工省市場管理局、公安省経済警察、財務省税関総局、最高人民裁判所と、ホンダベトナムの代表者が講演した。

ベトナムでは経済発展に伴い、商標権や意匠権の侵害など知的財産権をめぐる問題が顕在化している。ビジネス環境改善のための官民対話である日越共同イニシアチブでも知財について議論が交わされているが、ベトナム政府は次々と出回る模倣品対策に苦慮しているのが現状だ。

<知的財産権の監査の窓口となる監査局>
第1部では、科学技術省監査局、国家知的財産庁、商工省市場管理局、公安省経済警察ハノイ公安局、財務省税関総局、最高人民裁判所の代表者から、それぞれの取り締まり権限や所管範囲などについて説明があった。

科学技術省監査局は、知的財産権の監査に関する窓口機関だ。同局のチャン・ミン・ズン氏によると、監査局は(1)特許権、実用新案権、半導体集積回路の回路配置関連、(2)商標権、地理的表示、商号、意匠権関連、(3)商標模倣品、地理的表示偽装の生産・輸入・販売・輸送・保管の行為、(4)偽造された商標・産地を表示したスタンプ、ラベル、物品の生産・販売・運送・販売目的での保管などの行為、(5)産業財産権分野における不正競争行為の侵害、を処分する権限を有する。今後の行動計画では、模倣品の防止に対する国民の意識向上・普及啓発(模倣品の識別方法・影響・不使用)、産業財産権の監査活動および侵害の処分強化などに取り組む方針だ。

<大幅な申請増加で対応に苦慮する知的財産庁>
国家知的財産庁は300人体制で、ハノイ(18部署)、ホーチミン市(1部署)、ダナン市(1部署)に拠点を構える。同庁のグエン・タン・ホン氏によると、主な役割は(1)組織・個人の所有権の確立および保護の管理、(2)知的財産に関する国際協力活動の実施、(3)各省庁・地方の知的財産権管理機関への業務指導・ガイダンス、(4)情報提供、所有権執行活動へのサポート、工業所有権に関する紛争の解決、となる。

同庁が2005〜2012年の8年間に受理した申請は、発明・実用新案が2万6,941件、商標が23万4,125件。登録出願の処理については、工業所有権の方式審査では、審査期間を申請書の提出日から1ヵ月以内としている。実体審査では、発明登録出願の場合は出願の実体審査請求が公開日前に行われた時は公開日から、請求が公開日後の時は実体審査請求の日から18ヵ月以内としている。また、標章登録出願で出願公開日から9ヵ月以内、工業意匠の登録出願で出願の公開日から7ヵ月以内、地理的表示の登録出願で出願の公開日から6ヵ月以内と、それぞれ知的財産法で定められている。

ホン氏によると、近年の大幅な申請件数の増加、人手不足、自動化の遅れなどにより発明や商標に関する申請書が滞ってきている。また、同庁の直近の課題として、「合理的な処理手順が整備されていない。不正競争や所有権確立における不正の予防が未熟で紛争解決への道のりも厳しい」と述べた。

満員となったセミナー会場(筆者撮影)

<人材育成のためには真贋セミナーが効果的>
商工省市場管理局は市場検察官5,500人の体制で、全国の市・省に市場管理部を設置している。行政違反行為に対して検査、摘発を行い、罰則の決定権を持つ。また、運送手段・物品の検査権、証拠物件の押収権、物件や手段の隠蔽(いんぺい)場所の捜査権(人民委員会の許可を得て)の権限なども有する。

同局のグエン・ダン・コアー氏は「担当職員の人材育成が急務となっている。真正品と模倣品を識別するための真贋(しんがん)セミナーが重要になるだろう。また、定期的に民間企業を含む権利者との意見交換会を設ける必要がある」と述べた。検査、摘発、処分を担当する市場管理局では、次々と市場に流通する模倣品、侵害品の識別が重要となる。

<侵害金額の規模に関係なく対応可能な経済警察>
ハー・テー・フン氏によると、公安省経済警察は国内の発明、工業意匠、著作権、原産地、企業の秘密情報、詐欺など知的財産権の侵害行為を含む行政・刑事違反を担当する。また、行政処分(没収、罰金、商品廃棄、営業許可書の剥奪など)と刑事処分(訴追、財産の差し押さえ・没収、罰金)を執行する権限を持つという。同氏は「刑事処分では侵害規模が3,000万ドン以上(約14万4,000円、1ドン=約0.0048円)を対象とするが、それ未満の金額であっても行政処分として対応することが可能だ」という。

公安省経済警察は市場に流通して問題となっていた日本ブランドの偽物を摘発して一掃した実績を持つ。同案件では権利者から現地法律事務所に相談があり、経済警察への捜査要請となった。経済警察が流通経路まで全て調べ上げたことにより、市場から一掃することできたという。

<真正品と模倣品を識別するには能力向上が必要>
財務省税関総局は、地方税関の34局に知的財産権の執行を担当する専門部署を設置している。「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS協定)、知的財産法、税関法などを根拠に、資料・貨物検査を通じて不正商品の摘発、密輸の防止などに取り組む。また、嫌疑商品に対しては、各専門機関からの意見・評価を収集して対応する。不正を摘発した場合は、行政処分として警告、罰金、没収、営業活動の停止、商品廃棄、侵害商品の追放などの権限を持つ。侵害の規模に応じて刑事的罰則を与えることも可能で、保護される商標、原産地表示に関する工業所有権を故意に侵害した者には5,000万ドン以上5億ドン以下の罰金または2年以下の非拘束矯正刑、組織的あるいは多数回の犯行の場合は4億ドン以上10億ドン以下の罰金または6ヵ月以上3年以下の懲役に処すことができる(注)。

同局のグエン・ドック・ティン氏は「税関職員の真正品と模倣品を識別するための能力向上が必要。嫌疑商品があった場合は各専門機関からの意見・評価を求めているのが現状」と話す。税関職員の商品知識が不十分だった場合、真正品が嫌疑商品と間違われ、一時押収による無駄な時間とコストが発生する可能性もある。税関の迅速かつ公正で円滑な通関手続きと同時に、税関職員の能力向上も重要になる。

<幹部・裁判官の専門レベル向上や判例のまとめも急務>
最高人民裁判所は、省レベル、郡レベルの人民裁判所、傘下機関を有する。人民裁判所は知的財産権での役割として、民事・商業事件、刑事事件、行政事件の解決を担当する。通常、権利者を含む民間企業が訴える場合は市・省レベルの人民裁判所に提訴することになる。民事・商業事件では、民事訴訟法に基づき知的財産権、技術移転に関する紛争を扱う。刑事事件では、刑法に基づき偽造品の生産・販売を取り扱う。

同裁判所のグエン・バン・ティエン氏は知的財産権に関する人民裁判所の対応について、「解決までが長い、解決能力の不足、侵害行為による損害を確定しづらいという問題がある。対策として民事的判決による紛争解決に重点を置き、刑事または行政的判決による解決を減らす。紛争解決を担当する幹部・裁判官の専門レベル向上、審理活動の見直しと過去の判例をまとめて、業務向上に役立てる」といった対応策を提示した。

<ホンダベトナムの知財侵害経験・解決策からヒント>
第2部の「知財保護強化に向けた日越官民連携による取り組み」では、科学技術省監査局のチャン・ミン・ズン氏とホンダベトナムのドー・ベト・ズン氏の講演が行われた。

ビジネス・投資環境改善のための官民対話の場である「日越共同イニシアチブ」では、2003年にフェーズ1が開始、2013年7月からはフェーズ5に取り組んでいる(2013年8月6日記事参照)。知的財産分野についてもワーキングチームが組まれ、ベトナム側からは関連機関である財務省税関総局、科学技術省、商工省、知的財産庁、最高裁判所など、日本側からは在越日本企業、法律事務所、ベトナム日本商工会(JBAV)、国際協力機構(JICA)、ジェトロなどが参画している。同対話では日本側から、知的財産権侵害、模倣品の国外からの流入に対する水際取り締まりに関する要望などが挙げられている。具体的には法整備と運用に実効をもたらす管理強化、模倣品の多くが中国から流入しているとみられるため北部からの陸路流入に対する警備強化、などを要望している。

一方、ホンダベトナムの取り組みについても紹介があった。同社は2000年代初頭に中国製の模倣バイクに苦しめられた経験を持つ。同社の発表データによると、2001年は市場の74.8%を中国製の模倣バイクが占め、ホンダのバイクは8.5%程度だった。新モデルのバイクを発表するたびに商標を無断使用されたり、商標は異なるもののデザインをまねられたりした。こうした苦い経験を持つホンダベトナムは、(1)地方行政との連携を通じて行政官に対して知財に関する理解や侵害の影響を啓発、(2)各省の小売業者にコピー車の売買は違法で、摘発対象であることを周知、(3)違反者の取り締まり、(4)広報活動、に努めたという。ベトナムの管轄省庁の協力もあり、中国産のホンダの模倣バイクは劇的に減少したそうだ。

関連情報は以下を参照。

ジェトロ「ベトナム知的財産法」
ジェトロ「知的財産に関する情報」
ジェトロ「模倣対策マニュアルベトナム編」(2012年3月)
「ベトナム刑法」 「ベトナム改正刑法」(JICAベトナム六法)

(注)改正刑法第171条。

(大久保文博、ズオン・トゥー・ヒエン)

(日本・ベトナム)

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