注目される保守連合政権の労働政策と対外政策−ジェトロとJCCIのセミナー報告−

(オーストラリア)

シドニー事務所

2014年01月16日

2013年に6年ぶりの政権交代を果たした保守連合(自由党・国民党)政権は、炭素課金制度の廃止や法人税率引き下げなど、産業競争力の強化、ビジネス重視の経済政策への転換を図る。対外政策も自由貿易を掲げ、2国間自由貿易協定(FTA)や地域経済連携に重点を置く。ジェトロとシドニー日本商工会議所(JCCI)が2013年11月20日に開催したセミナーで、ナオキ・マツモト・コンサルタンシーの松本直樹代表が「新政権による労働政策および対外政策等の見通しと日系企業への影響」と題して講演した。

<ねじれ議会が継続>
松本氏の講演内容は以下のとおり。

2013年9月7日の連邦議会総選挙の結果、保守連合は下院において安定的過半数の議席を獲得し、6年ぶりの政権交代を達成した。しかし、上院においては過半数議席の獲得はならず、ねじれ議会の継続が決まった(2013年9月10日記事参照)。上院の選挙制度は州を1選挙区とする移譲式比例代表制をとるため、多くの少数政党が乱立しやすくなる傾向にあることが要因として挙げられる。

また、今回の総選挙で選出された上院議員は2014年7月1日に任期が始まることから、現在の上院では依然として同総選挙前の議席のまま、労働党およびグリーンズ(緑の党)が過半数を掌握している。このため、保守連合政権が既に提出している炭素課金制度および鉱物資源利用税の廃止法案に対して、上院において、労働党と緑の党が修正要求権あるいは否決権を発動する可能性があり、たとえ下院を通過したとしても上院で否決されて、廃案となることもあり得る。

今回の保守連合の選挙公約の目玉である炭素課金制度、鉱物資源利用税の廃止については早期の成立が各方面から望まれており、上院議会で通過が難航して遅れが生じると保守連合政権の調整能力不足を印象付けることになる。その一方、労働党としても、2013年9月の総選挙の争点が炭素課金制度、鉱物資源利用税であり、正面から反対すると労働党離れに拍車を掛けることになりかねず、苦しい場面だ。

<改革の遅延は支持率の低下を招くか>
2014年7月以降、保守連合政権が何らかの改革を行おうとする場合、新たな議会においても保守連合は議席の過半数を獲得していないため、上院において少数政党もしくは無所属の議員との協力を迫られることになる。ただし、今回当選した少数政党もしくは無所属の議員は保守派層であるといわれていることから、アボット首相としては協力の要請は比較的容易になる、とみる向きもある。

ただし、経済成長が鈍化する中においては、スピード感のある景気刺激が必要となっている。国民の期待は保守連合の掲げる改革に向けられており、改革に時間を要する、もしくは改革が成功しない場合には、国民からの支持は離れていくものと考えられる。アボット首相は選挙期間中に議会運営について他の政党との協力は視野になく、両院解散という手段によって国民の信を問うことも辞さないとの姿勢を見せていたが、現実問題として両院解散の可能性は限りなく低いと考えられる。今後、炭素課金制度や鉱物資源利用税の廃止をはじめ、公正労働法などさまざまな改革法案を議会で通過させなければならず、保守連合政権は2014年の7月までは難しい議会運営を迫られることになる。

<労使問題が経済成長の足かせ>
前政権党である労働党の労働政策の基本は弱者救済にあるとされている。弱者とは労働者を指し、労使関係については弱者である労働者の権利を尊重することに重点が置かれた。このため、2007年の政権奪取後、団体交渉が実施可能な政策へと転換し、2009年に公正労働法(フェアワーク法)が制定された。

フェアワーク法では、公正労働局〔現在の公正労働委員会(FWC)〕の設立、労使間の団体交渉に加えた公的機関の団体交渉への介入が認められ、また、ある労使交渉で賃金上昇という結果が得られた場合、他の労使裁定にも適用するなど、労働者、労働組合寄りの労働政策が展開された。この結果、オーストラリアの賃金は上昇、高い労働コストが産業の競争力を奪い、経済成長が阻害されているとの問題点が指摘されていた。

<1期目は大幅な労使関係の改善に着手しない見込み>
保守連合政権の労働政策は、過去の例によれば経済合理主義を重視することから、労使交渉において仲裁機関として公的機関が介入することなどに否定的だ。アボット首相は労使関係に関する選挙公約として、a.労働組合の職場への立ち入りの厳格化、制限、b.労働組合の争議権の制限、c.グリーンフィールド協約(注)交渉の迅速化、d.生産性委員会による現行労使制度のレビューなどを挙げている。これらの改革は現在のフェアワーク法の枠内で改正が可能な項目であることから、アボット首相は短期的(任期1期目)には大幅な労使関係の改善には着手しないものと思われる。

ただし、これらの公約が実現された場合には、労働組合の労働者に対する接触が制限され、労働組合の組織率は低下し交渉力も低下することとなる。また、グリーンフィールド協約交渉の迅速化により雇用者側は交渉開始から3ヵ月以内に交渉が妥結しなかった場合、FWCに雇用者側の労働条件案を認可申請できるので、労働組合の交渉引き延ばしを防止することが可能となる。特に、生産性委員会による現行労使制度のレビューでは、調査事項については発表されていないものの、経済専門家からなる生産性委員会の答申は、現行の労使制度について、労働者の雇用条件が厳しくなると予想されている。

今後の労働政策の方向性として、保守連合政権の任期1期目では、現行制度の枠組みの中で労働組合活動を制限し、賃金に代表されるような労働条件の大幅な改善を防止するとみられる。その後、生産性委員会という政府から独立した組織の答申の名の下に、現行制度の枠組みの変更を公約に掲げ、次回総選挙に臨むものと考えられる。次回総選挙では、保守連合政権の労働政策の基本である労使間の個別合意を定めたオーストラリア職場協約(AWAs:Australian Workplace Agreements)をあらためて導入することも想定される。平等の観点から労働組合側からの抵抗が予想されるが、保守連合政権は経済を活性化することによって雇用を創出し、労働条件を改善することが市場原理に見合うとの考え方を貫くものと思われる。

<アジア重視外交は継続>
外交政策については、前政権党である労働党と現政権党の保守連合には大きな違いはなく、双方ともにアジア重視の外交路線をとっている。一方、貿易政策においては労働党がWTOといった多国間貿易交渉による貿易自由化を目指すのに対し、保守連合は2国間経済連携協定(EPA)・FTAや環太平洋パートナーシップ(TPP)、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)といった地域経済連携を重視する。ただし、保守連合は自由党と国民党の政党連合であり、両党のスタンスは微妙に異なっている。自由党が自由貿易を掲げる一方で、国民党は支持基盤が地方ということもあるため、どちらかといえば保護主義的な傾向にある。なお、アボット首相はアンドリュー・ロブ氏を貿易・投資相に指名した。これまで保守連合政権における貿易担当相は国民党から就任するのが通例となっていたが、自由党から貿易・投資担当の閣僚が就任したということで、保守連合政権がこれまで以上に自由貿易にかじを切った表れともいえる。

<韓豪FTAが日豪EPA、中豪FTAの試金石>
なお、2013年12月5日、アボット首相は韓国とのFTAが実質的に妥結に至ったことを発表した。同首相は、こう着している日本、中国とのEPA/FTA交渉を1年以内に終了させると明言している。しかし、連立相手である国民党は、特に農業ビジネスや農地への外国からの資本流入に対して強く警戒しており、外国投資審査委員会(FIRB)による外国投資審査基準の緩和要求に対して、連立政権がどのように対応するかが注目されている。

韓豪FTAの具体的な妥結内容に関する政府の発表はないが、報道ベースで妥結内容を見ると、今後の日豪EPA、中豪FTAの試金石になると考えられる。

例えば、中豪FTAで課題となっている外国投資基準の緩和について、韓豪FTAでは投資基準を2億4,800万オーストラリア・ドル(約231億円、豪ドル、1豪ドル=約93円)から米豪FTA並みの10億7,800万豪ドルに緩和する一方で、農業ビジネスについては5,300万豪ドル、農地については1,500万豪ドルとしている。また、日豪EPAの課題といわれる自動車関税は、小型ガソリン車を含む20車種(シェア76.6%)については即時撤廃、その他についても3年以内に撤廃するとしている。

牛肉、ワイン、チーズといった農産品輸出については、相手国側の関税撤廃を迫るとともに、金融、法務をはじめとするサービスに関する市場開放を迫っている。

オーストラリアは農産品、サービスの対外的な市場を得るために自動車関税の撤廃を選択したともみることができ、自動車産業は一層厳しい競争環境に突入することとなる。

(注)新たに設立され、従業員がまだ存在しない会社が全く新しい事業のために締結する協約(ジェトロ「豪州におけるフェアワーク法の概要」2010年2月より)。

(平木忠義)

(オーストラリア)

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